お正月からしばらく「情報処理技術者試験 新制度」について書いてきましたが、少し息抜きを兼ねて、「第2回要求シンポジウム」(1/23開催)について報告します。
第2回要求シンポジウムは、情報システムの発注者であるユーザ、受注者であるベンダ、中立的な立場の3つの視点から、要求工学の課題に迫るもので、昨年につづき2回目の開催です。具体的には、発注者と受注者の間のコミュニケーションを活性化し、両者の認識のズレをなくす手段・方法や明確に要求仕様を定義する方法について実践的な指針となる研究成果の紹介や議論を行っています。
共済: −IPAソフトウェアエンジニアリングセンター
−(株)NTTデータ
日程: 2008年1月23日
会場: 霞が関プラザホール
詳細は以下のURLを参照してください。
https://sec.ipa.go.jp/seminar/2008/20080123.php
講演内容の資料もダウンロードできます(ログインが必要です)。
「東証次世代システム開発の上流工程と課題」:鈴木義伯氏(CIO)
ご存じ東証の新しい次世代システムの開発状況を聞かせてもらいました。
大変具体的なお話を聞きましたので、エッセンスをご紹介します。配布資料にはない具体的数値(それをこのメルマガで公表して良いものか少し悩みましたが、出しましょう)にご注目ください。
【背景】:
1, 上場金融商品の変化:デリバティブ商品や指数連動型(IT利用を条件とした商品)
2. ビジネスモデルの変化: PCや携帯端末からのオンライン注文の増加
3. 投資家の注文のIT化(計算機による自動発注、アルゴリズム取引)
4. 投資家は世界の取引場を選別(東証の外国人シェアが6割超)
その結果、
一日当たりの注文件数の増加 200万件(2003年)→ 1000万件超(2007年)
鈴木氏発表資料より
個人投資家やデイトレーダーの台頭で飛躍的に伸びていることがわかります。
その結果、取引時間が制限されたのは記憶に新しいと思います。
それではこの背景に対処するべき次世代システムとはどういうものでしょうか。
【次世代システムの主な要求(特に非機能的品質)】
1.
高速性: 注文受付レスポンス10ms以下、約定通知レスポンス40ms以下
2.
信頼性: 5-nines(99.999%)の可用性、ノード3重化
3.
拡張性: 1週間以内でキャパシティ拡張可能
4.
堅牢性: 24時間以内でセカンダリサイトで業務再開
5.
コスト競争力: オープンサーバやOSS(Linux)で経費の低減
すごいですね、システム拡張がわずか1週間でできるようにするそうです。信頼性も99.999%(可用性)。注文受付がわずか10ms。夢のような次世代システムの実現を目指しています。
それだけではありません、上記システムを実現するためのプロセス改善への取り組みが素晴らしいものです。
1.
RFP作成:1,500ページ、作成に5ヵ月間(内製+一部コンサル参加)費用2億円
2.
国際公開入札: 2ヶ月間の提示期間
3.
提案書評価: やはり2ヶ月間
ここまでで、なんと9ヶ月かけているそうです。
RFP作成に2億円かける意気込みに敬服します。それだけ社会的責任(日本の国の信用問題)を痛感されている証拠だと思います。
さらに、要件定義書作成+外部設計書で4,000ページだそうです。
生成するコード数は約2メガライン(意外と多くはありません)です。
さらに感動的なのは、上流工程での品質の作りこみです。これが、真のプロセス改善だと思います。
鈴木氏発表資料より
要件定義 → 基本設計 → 詳細設計 → コーディング ↓
受け入れテスト ← 統合テスト ← 単体テスト ←
とプロセスはV字カーブを描きます。
このカーブでおかしいのは、「要件定義」の品質が最後の「受け入れテスト」工程で初めてチェックされるということ。これではいくらなんでも遅すぎるとのご指摘です(全く同感です)。
そのための対策として
− 上流工程での品質の作りこみ −
1.
要件トレース(トレーサビリティの確保)
2.
要件定義書の評価とアクション
−第3者による品質管理
−検収テスト項目の抽出(基本設計に進む前にテスト項目を作成)
−変更管理から品質分析
これらだけでも注目に値すると思います。特に、要求を作成したら、そのテスト項目を作ってしまうのは素晴らしいと思います。テストのできない要求は要求とは言えない、という思想です。
こうすれば、要求/要件をレビューすることにもなり、曖昧さも減ると思います。
さらに、感激したのは、要件の変更はすべてCIO承認とされたことです。鈴木氏自らが全件承認されています。現在までにその数 965件(よくこのような数字を出していただけたと思います)だそうです。内訳:357件(途中での変更)、約600件(レビューによる変更)。
現在、基本設計フェーズなので、設計方式による要件変更が 45件(現時点:この数値もよく出していただけたと思います)だそうです。 基本設計が進めば、その影響で要件にフィードバックがかかるので、ある程度の変更があるのは設計工程が進んでいる証拠と、肯定的にとらえられています。今後、詳細設計フェーズになれば同様なフィードバックで、ある程度要件も変更されることを予想されているとのことでした。
大変示唆に富む講演でした。
超上流工程の「要求フェーズ」に本当に真摯に取り組まれている例をはじめて聞かせてもらいました。
東証の次世代システムが必ず成功することを心より願っております。
しかし世の中では、成功して「当たり前」と評価されてしまいがちです。私たちIT関係者はこの次世代システムの成功は単なる「当たり前」ではなく、「超上流工程」をしっかり押さえたからこそ成功したのだ、という認識を持つこと。そしてそれを広く世の中にアピールしていく責任があると思います。そして、CIO鈴木氏をはじめとする関係者の努力を称賛したいと思います。
【後編に続く】
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