2月26日に開催された『新試験制度の説明会』
(主催:独立行政法人 情報処理推進機構<IPA>情報処理技術者試験センター)に参加しましたので、報告します。
資料はIPAのWebサイトからダウンロードできます。
http://www.jitec.jp/1_00topic/topic_20080117_setsumeikai_haifu.pdf
このページで紹介しているスライドも上記URLにありますから、ぜひIPA資料そのものもご覧ください。
今回は「新試験制度の説明」の部分について解説します。
後半の「ITスキル標準V3の改定」については次回に解説します。
新試験制度とITスキル標準との関連に焦点を絞って解説します。
新試験制度の7つの特色として以下をあげています。
1.
共通キャリア・スキルフレームに準拠したレベル判定ツール
2.
ITパスポート試験(レベル1)を創設
3.
「情報システム」のベンダ側人材とユーザ側人材の一体化
4.
「組み込みシステム」の重要性の高まりに対応
5.
高度試験を11区から9区分に整理、統合
6.
出題範囲の見直し
7.
受験者の利便性の向上
ここでは、1〜3について解説とコメントをします。
1.共通キャリア・スキルフレームワークに準拠したレベル判定ツール
「共通キャリア・スキルフレームワーク」とは何でしょう。
ご存知の方は多くないかもしれません。
「産業構造審議会人材育成ワーキンググループ報告書」で初めて出された、まだ(案)です。
「産業構造審議会人材育成ワーキンググループ報告書」より
まだ(案)なので最終的なものではありませんが、ITSS,UISS、ETSSの職種/人材像を大くくりにまとめたもので、人材像として下の5つにまとめたものです。
ストラテジスト
システムアーキテクト
サービスマネージャ
プロジェクトマネージャ
テクニカルスペシャリスト
そして、この人材像に合わせた形で新試験を再構築しています。
経産省「人材育成ワーキンググループ報告書」より
各々の人材に対して以下のように高度試験が対応します。
ストラテジスト : ストラテジスト試験
システムアーキテクト: システムアーキテクト試験
サービスマネージャ : サービスマネージャ試験
プロジェクトマネージャ: プロジェクトマネージャ試験
テクニカルスペシャリスト: システムアーキテクト試験(一部)と
テクニカルスペシャリスト試験
そして、以下のように「共通キャリア・スキルフレームワーク」のレベル判定には試験結果を採用するようになります。
経産省「人材育成ワーキンググループ報告書」より
◎レベル1から3までは、基本的に情報処理技術者試験の合否によりレベルを判定
◎レベル4は、情報処理技術者試験と業務経験等で判定
すなわち、レベル1から3までは試験結果が「共通キャリア・スキルフレームワーク」のレベルになると、いうことです。言いかえると「共通キャリア・スキルフレームワーク」のレベル(1〜3)の定義は、試験結果そのものです。
錯覚を起こしやすいのでご注意ください。同じレベルという言葉を使っていますが、「ITスキル標準」のレベルではありません。多くの人が錯覚しています(筆者を含めて錯覚させられていました)。この点は、次回のITSSのV3で詳しく解説します。
2.ITパスポート試験(レベル1)を創設
エントリーレベルの試験(レベル1)を新たに作ったものです。従来の「初級アドミニストレータ試験」は発展的に解消です。従来の合格者は新しい「ITパスポート試験」の合格水準に達しているそうです。説明会の多くの時間をこのパスポート試験の説明に費やしていました。CBT(Computer Based Test)を使うそうです。レベル1の試験がそれほど重要なのでしょうか。
3.ベンダ側人材とユーザ側人材の一体化
背景として、RFPすらかけないユーザ企業の情報システム要員がいます。同時にユーザの業務を知らないITベンダ人材も多いようです。
以前のメルマガ「要求シンポジウム」での報告を思い出していただければ幸いですが、ユーザ側、ITベンダ側両者が同じ認識を持つことが重要です。
その解決策の一つ(になるかは分かりませんが)として、新試験制度では、
・ベンダ側人材とユーザ側人材を一体化した試験体系に改める。
・特にレベル1の試験、レベル2の試験については
出題範囲としてテクノロジ系とともに、マネジメント系及びストラテジ系の分野
まで幅広くカバーし、広くユーザ側でも活用できる試験として設計する。
最初の一歩としては評価できると思います。
しかし、レベル3やレベル4での試験が共通化できるのかは疑問です。
レベル1の試験はサンプル問題が公開されているので推察できますが、レベル3や4はどうなるのでしょうか、現時点では不明です。
UISSはユーザ企業情報システム部門のタスクを標準化したものですから、上記5つの人材像がどこまで有効か分かりません。今後どこまでUISSを取り込むことができるのか、注目していきたいと思います。
【筆者の新試験制度に関する感想】
残念ながら、この試験制度が高度IT人材を育成する手段とはあまり思えませんでした。
【試験制度改革の趣旨】では次のように書かれています(スライド14)。
1.あらゆる経済活動にITが浸透し、.....
今後10年先を見据えたIT人材育成戦略を構築することが急務。
2.具体的には、.... 共通キャリア・スキルフレームワークを構築し、
客観的な人材評価メカニズムを構築する必要がある。
3.独立行政法人情報処理推進機構(IPA)では、....
共通キャリア・スキルフレームワークの下でレベル判定...
情報処理技術者試験を抜本的に改革。
ロジックはこの1→2→3なのですが、聴く側は「新試験制度」は、「10年先を見据えたIT人材育成戦略」である(3イコール1)と、勘違いしてしまいそうなのです。またそうさせようとしている意図がありそうなので大変心配です。
以下のベン図をご覧ください。わかりやすいと思います。
筆者作成
情報処理技術者試験の「人材育成戦略」の中での位置づけを論理的に図解してみました。
新試験制度はこの程度のものだということをまず認識するべきです。「10年後を見据えた人材育成戦略」の中のほんの一部でしかありません。また試験で判定できるのは単なる知識です。知識があればよい仕事ができるわけではありません。それ以外の重要なことを忘れないことが大切です。
つぎに「共通キャリア・スキルフレームワーク」の妥当性について。
これはまだ(案)ですし、絶対的に議論が不足しています。これを初めて見る方がほとんどではないでしょうか。しっかりした議論をするべきです。筆者からみると、新試験制度を正当化するために作成されたもののように見えてしまいます。多くの意見を集約するべきものではないでしょうか。
これについては、次回「ITスキル標準V3」の中で、解説します。
最後に、この原稿を書いている日の朝日新聞(3月2日付)の朝刊の教育欄の記事を紹介します。ぜひ原文をお読みいただきたいと思います。
OECD(経済協力開発機構)のPISA(学習到達度調査)に関する記事です。2年ほど前に発表された時に、日本の義務教育の学力低下が新聞やニュースで話題になったのを覚えているでしょうか。いわゆる「ゆとり教育」の弊害と短絡的に扱った記事もあったと思います。実はそのようなものではありません。知識偏重教育そのものを見直さなければいけないということです。そしてトップクラスの成績を上げるフィンランドの教育を紹介しています。
2006年のPISAの調査結果(57カ国・地域が参加)
読解力 数学的 科学的
リテラシー リテラシー
フィンランド 2位(1位) 2位(2位) 1位(1位)
日本 15位(14位) 10位(6位) 6位(2位)
※カッコ内は前回03年(41各国・地域)の順位
朝日新聞(3月2日付)より
記事の中から、私たちIT人材育成に携わる者にとって、大変参考になる部分を紹介します。
フィンランドの教育では、基本的にテストはしない。結論や正解を覚える勉強はさせない。
先生は子供に勉強を強制せず、答えではなく考え方を教える。(下線は筆者が加筆)
OECDのグリア事務総長は日本の学びに対して、「多くの国の労働市場からすでに消え
つつある種類の仕事に適した人材育成」と語った。これは痛烈な批判だ。
朝日新聞(3月2日付)より
この記事で分かることは、世界的に学力の定義が変わっているのに、日本の教育制度はそれに追いついていないということです。
IT人材に関しても同じことが言えるのではないでしょうか。IT人材に必要な能力の定義も世界的に変わってきています。この新試験制度は出題範囲と難易度は変えていても、知識偏重の教育を重視している点において、何も変わっていないと思います。世界的に求められている能力に対応できるのでしょうか。はなはだ疑問です。正解のある問題がいくら解けても、正解をつくる考え方を身に付けていなければ、未知の問題を解決することができるようにはなりません。
この新試験制度が「先進国のIT人材市場からすでに消えつつある種類の仕事に適した人材育成」にならないことを願うばかりです。
【後編に続く】
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