4.3 共通キャリア・スキルフレームワーク/情報処理技術者試験との関連
今回、「共通キャリア・スキルフレームワーク 第一版」が公表され、その中でETSSの関係が位置付けられています。また、ETSS 2008 が公表され、共通キャリア・スキルフレームワークを参照するようになりました。さらに、情報処理技術者試験の高度試験ではエンベデッドシステムスペシャリスト試験が用意されます。これらはうまく機能するのでしょうか。少し検証してみたいと思います。
4.3.1 共通キャリア・スキルフレームワークの知識体系
「共通キャリア・スキルフレームワーク 第一版」では、知識体系が公表されました。この中には幸いなことに、組込みソフト技術のスキルが多く含まれています。ETSSのスキルフレームワークである、開発技術、管理技術そして技術要素についてみます。
開発技術:
「開発技術」に関しては、 テクノロジ系の 「4.開発技術」に リストされています。
−システム要件定義
−システム方式設計
−ソフトウェア要件定義
−ソフトウェア方式設計・詳細設計
−ソフトウェアコード作成及びテスト
...
すべて網羅されていますので、大丈夫のようです。
管理技術:
マネジメント系のプロジェクトマネジメント全体が該当します。
プロジェクト統合マネジメント以下、PMBOKの9つの知識領域がありますので、
こちらも安心です。
技術要素:
「テクノロジ系」には一応ETSSの技術要素らしい項目があります。主なものを見ます。
中分類 小分類
基礎理論 4. 通信に関する理論
5. 計測・制御に関する理論
コンピュータ 1. プロセッサ
構成要素
ソフトウェア 1. オペレーティングシステム
3. ファイルシステム
4. 開発ツール
ハードウェア 1. ハードウェア
ヒューマン 1. ヒューマンインターフェース技術
インターフェース
マルチメディア 1. マルチメディア技術
一応カバーされているようですが、内容があまり深くありません(ETSSの第2階層程度)。
これ以上は標準化されていないので仕方ないのですが、ETソフト開発では第3階層以降が不可欠な部分です。ITSSと最大の違いです。このレベル(第2階層)の知識では具体性が乏しく、実務には役に立ちません。
特にキャリアレベル3は「応用的知識・スキルを有し、要求された作業についてすべて独力で遂行できる」ですので、第3階層以降の具体的かつ詳細な知識がなければ、「要求された作業のすべてについてすべて独力で遂行できる」ようにはなりえません。これもスキル分布特性の大きな部分です。
4.3.2 情報処理技術者試験と組込みソフトエンジニアのレベル
このような状況で、組込みソフトエンジニアのレベル判定は正しく行えるのでしょうか。
レベル1、レベル2、レベル3、レベル4について各々考えてみます。
レベル1とレベル2:
レベル1の定義は「...指導を受けて遂行できる」ですから、指導者がしっかりしていれば、情報処理技術者試験のパスポート試験でレベル1と見做すことに、大きな問題はありません。
レベル2は「...その一部を独力で遂行できる」ですから、こちらも基本情報試験の合格で、レベル2と見做しても良いと思います。
レベル3:
レベル3の定義は「要求された作業のすべてについてすべて独力で遂行できる」ですから、具体的かつ詳細な「知識」と「経験(できること)」が必要です。
技術要素:第2階層では実務をできることを問うことは難しいのではないでしょうか。
大きく2つ問題があります。
一つは、第3階層以降の詳細な知識を問わなければ意味がない、ということ。
もう一つは作れることと、使えることを試験で問うことができるのか、という点です。
最初の第3以降の詳細な知識ですが、ある特定の製品開発(例えば携帯電話)に絞って問題を作成することはできると思いますが、それではそれ以外の製品開発(例えばエンジン制御)の受験者にはちんぷんかんぷんの問題になってしまい大変不利になってしまいます。不公平が発生します。どうするのでしょうか。大きなチャレンジではないでしょうか。
もう一つの、作れることと、使えることを試験で判定するのは、さらに難しいと思います。
スキル基準では、作れることと、使えること、が評価要件としてあります。
作れる:「与えられた環境の下で、○○技術要素を実現することができる」
使える:「与えられた環境の下で、要求された機能を実現するために○○技術要素を組込む
ことができる」
この作れることと、使えることを具体的な技術(第3階層以降)に言及しないまま試験はできませんし、試験で判定すること自体かなり難しいと思います。不可能ではないかもしれませんが、コストなどを考慮する必要があります。
開発技術:
開発技術の第3階層はすべて技術要素と絡みます。ここの具体的な知識がなければ開発技術試験で測ることは難しいと思います。一般的な開発技術(第2階層)だけを問うことはできると思いますが、それをもって「要求された作業のすべてについてすべて独力で遂行できる」と判定してよいのでしょうか。
管理技術:プロジェクトマネジメントはPMBOKベースですので、ソフト開発のみならず建築業でも共通です。こちらは大きな問題はないと思います。
国家試験(応要技術者試験)に合格しても、「要求された作業のすべてについてすべて独力で遂行できる」ことが保証されるか疑問を持ちます。
国家試験の権威を貶めることにならないことを願うばかりです。
エンベデッドシステムスペシャリスト試験(レベル4)
新試験制度の手引き(IPA発行)によると、出題範囲(の一部)は以下のとおりです。
1.組込みシステム設計・構築に関すること
開発システムの機能要件の分析、品質要件の分析、機能要件を満足させるハードウェアとソフトウェアの
トレードオフ、ソフトウェア要求仕様書・ハードウェア要求仕様書の作成、システムアーキテクチャ設計、
リアルタイム設計、機能安全設計、高信頼性設計、セキュリティ設計、全体性能の予測、省電力設計、
テスト手法の検討、開発環境の設計など
これらを具体的製品(携帯電話、エンジン制御など)を特定しないで試験問題を作成できるのでしょうか。ある程度開発対象の製品を前提にしないとできないと思います。その場合は、携帯電話に関する上記試験内容を、エンジン制御エンジニアが回答することはかなり困難(その逆もしかり)だと思います。開発対象によるスキル分布特性による不公平の問題が発生すると思います。
記述式ですから、次のような問題は可能かもしれません(決して予想問題ではありません)。
「XXXX(例:リアルタイム設計、機能安全設計など)に関して、あなたの開発する製品のソフトウェアで必須なことを3つあげ、その理由を述べよ。」
この場合は、一体誰が採点するのでしょうか。携帯電話ソフトで回答した人には、携帯電話ソフトの専門家が採点するべきですし、エンジン制御ソフトで回答した人にはエンジン制御ソフト開発の専門家が採点するべきでしょう。ジェット戦闘機用ソフトウェア開発には...、電子楽器ソフトの開発には...。すべての専門家がいるのでしょうか。難しいですね。もしいたとしても、採点者間の評価のバラツキを調整する必要も出てきます。それも難しいですね。
いずれにしても、レベル4の知識を試験(記述式を含む)で測ることがいかには大変なことであることかお分かりになると思います(不可能とは言いませんが、コストに見合わないような気がします)。
現時点において結論じみたことを言うつもりはありません。ただ容易ではないことだけは確かだと思います。どのように試験が実施され、ETSSのレベル判定に活用した場合の妥当性をモニターしていく必要があると思います。
くれぐれも、試験によって、ETSSの活用が阻害されることだけは避けるような配慮をしていただきたいと願います。
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