5.4 教育カリキュラム
具体的な教育カリキュラムをご覧ください。
開発技術(初級)の例です。
シラバスとして科目概要と教育項目を示しています。
まず、科目の概要です。
ETSS 2008 教育研修基準 Ver.1.2より
つづいて、教育項目をご覧ください。
ETSS 2008 教育研修基準 Ver.1.2より
分かりやすくなっていると思います。標準化されているのは第2階層までです。具体的なことは第3階層になります。どの程度の深さで実施するのかは各組織の事情で設定できます。そのため、時間配分も自由に設定できます。
5.5 ETSS教育研修の現状と課題
5.5.1 ETSS教育の少なさ
ETSS教育研修を提供している研修会社はあまり多くなく、また提供している研修も数が限られているのが現状です。
上記開発技術を例にしても、第2階層では教育の具体的内容が定まらず、第3階層以降の具体的な技術や実技に関連しなければ、教育が成立しませんし、受講生にも教育が身に付きません。そこまで踏み込んだ教育を提供してくれている研修会社もあることはあります。
一方、第3階層以降まで踏み込んでしまうと、市場としては極めて限定されてしまいます。例えばリアルタイムOSを例にとってみると、カーネル技術の説明もEmbedded Windows、組込みLinux、ITRONその他によって実現方法が異なります。さらに同じOS(例えばITRON)でもCPUチップによって細部は異なります。ですから、第2階層まで標準化されていても、具体的カリキュラムの中身(第3階層以降が必要)になると、各OS/チップによって実現方法が異なるのです。そのため市場セグメントのサイズ(すなわち受講者の数)は数分の一から十数分の一になってしまい、研修ビジネスとして成立しなくなってしまう恐れがあります。この辺が研修会社の辛いところではないでしょうか。
5.5.2 チップ/ツールベンダーのサポート
昔からこの分野では、半導体(CPUチップ)メーカが開発環境を積極的に提供してきました。某チップメーカのWebページによると、リアルタイムOS、ミドルウェア、アセンブラ/コンパイラ、統合環境、エミュレータ、など様々なツールが提供されています。すべてCPUチップ毎にシリーズ化されています。Cコンパイラ(CPUチップXX用)トレーニングコース、ITRON(CPUチップXX用)開発環境コースなどです。
しかもそれらに関するトレーニングはほとんど無償です。一部有料のものもありますが、研修の費用としては極めて廉価です(1万円/日程度)。
これは、半導体チップ(CPU)を販売するための必要経費として、販売促進の材料として扱われているからです。メーカ側にしてみれば、一度CPUチップを採用してくれれば、大量生産の製品であれば、年間数万デバイスの受注につながり、トレーニング費用などはもらわなくても十分採算が取れるという考えです(最近では財務状況の悪化につながるということで見直す機運もありますが)。
手法はETSSの開発技術(ソフトウェアライフサイクルプロセス)に沿っているわけではありません。まして、先程ご紹介した、ETSS教育研修基準のシラバス(科目と教育項目)には程遠いレベルです。デバイスメーカの都合の良い手法で研修が組み立てられていて、他社製チップに変更しにくくしている側面もあります。いわゆるスイッチングコストを高めて、顧客を自社製品へ囲い込むためでしょう。
ユーザ側もこのようなメーカ側のサポートに慣れてしまっています。コンパイラやOSのトレーニングはただで受けられるものという認識がまだ強いようです。
これらの現象は、この業界に特有かもしれません。ITの世界とは大きく違います。WindowsのMicrosoft社の教育(MCPなど)を想像すればお分かりだと思います。Windowsが売れるからと言って、Windows教育を無償で提供することはしません。すべて有料です。しかも多くの第3者の研修会社が提供しています(もちろん有料で)。ですから品質の高い教育コースが開発され、多くの研修ベンダーを通じて大量の顧客に提供することができるのです。MSだけではありません。オラクル、シスコシステムズ、HP、サンマイクロ、すべて同じビジネスモデルです。教育ビジネスとして位置づけられています。
5.5.3 ETSS教育研修の課題
現状が明らかになりましたので、課題も明確です。
以前にお見せした上の図で言えば、チップメーカの提供するトレーニングはまさに、左側の旧態依然とした姿のままです。せっかくETSSというスキル標準を作成したのに、重要な業界の一員であるチップメーカは、旧態依然のままでスキル標準の流れに逆行しているようです。
5.5.4 半導体メーカの無償(超廉価)トレーニングの弊害:
品質上の問題点(3つ)とユーザ側の意識、合わせて4つの問題があります。
−開発技術(プロセス)のレベルの不一致
−製品(コンパイラ、ツール)の品質
−トレーニングの品質
−ユーザ側の意識
各々、解説します。
A: 開発技術(プロセス)のレベルの不一致:
開発/デバッグ方法の不統一がはなはだしいものです。あるものはエミュレータ、別のものはシミュレータ、
統合開発環境(定義も不明ですが)。ETSSの開発技術(プロセス)とは関係ない世界のままになっています。
さすがに、すべてのCPUチップを同じ開発/デバッグ環境にするのは無理だと思います。 せめて8ビット、16ビット、32ビット程度に分類し(この分類がベストとは言いませんが)、同じ分類のものはすべて同じ開発技術(プロセス)で開発/デバッグができるぐらいにしないと、ETSSが機能しないと思います。また、チップメーカが異なると開発環境が大きく異なる現実もあります。エンジニアのスキルを標準化しようとしても肝心の開発環境があまりに大きく異なっていては、スキルの標準化が遠くなります。
あえて大げさな言い方をします。開発環境の標準化を進めない限り、スキル標準も機能しなくなってしまうのではないでしょうか。今後の最も重要な課題だと思います。
(詳しい解説はしませんが、標準化も一部では進んでいます。自動車業界ではJasParという、車載ECUユニットや社内LANの標準規格作成の団体も発足しています。これが発展すると開発環境も影響します。期待されています。)
URL: https://www.jaspar.jp/
B: ツール(コンパイラやデバッガ)としての品質:
半導体メーカが販売促進の材料として作成しているものが多く、その品質は決して高いとは言えないようです。定評あるコンパイラメーカに作成してもらっている(開発費の負担によって)のはまだよいようですが。チップメーカ自作のツールの品質のバラツキが心配です。ツールとしての品質を確保することより、チップの市場性が優先されますから、十分な開発コストをかけられない場合もあります。トレーニング以前の問題と言えます。
C: トレーニングの品質:
無償(一部超廉価で有償)トレーニングなので開発コスト/リソースが限られ、提供するトレーニングの品質が不安です。CPUチップの販売促進のほんの一つの手段でしかありません。どこまでまじめに研修をデザインしているのでしょうか。インストラクショナルデザイナーはいるのでしょうか?インストラクターの品質は確保されているのでしょうか。大きな疑問です。
さらに、研修会社の研修コースと競合します。販売促進用の研修なので価格的には圧倒的に優位で、研修会社の研修が売れなくなってしまいます。不健全な状態だと思います。
D: ユーザ側の意識の改革も必要です。
研修は有料で受けるものという意識が必要です。研修はソフトウェアと同じです。無償の研修は「フリーソフト」と同等であるという認識が必要です。誰も品質の責任を持ちません。品質の責任のない研修/ソフトウェアを使って、良い品質のソフトウェア製品ができるのでしょうか。作成した製品のソフトウェア品質の責任は誰がとるのでしょうか。ソフトウェア作成者がとらざるを得ませんが、本当に大丈夫でしょうか。
使用するソフトウェアやトレーニングは有料で品質の良いものを選択するべきではないでしょうか。それがひいては自社作成のソフトウェア品質の向上に貢献すると思います。
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