知識エリア【引き出しとコラボレーション】
引き出しは単独のアクティビティーではありません。ステークホルダーとのやり取りを含むあらゆるタスクを実行する過程で実行されます。
また、計画的に行われるものもあれば、計画されずに行われるものもあります。計画的に行うものは、ワークショップ、実験、調査などです、事前に準備されます。計画されずに行うアクティビティーは、いわゆるひらめきやあるいは会話や共同作業中に行われます。計画されずに行うアクティビティーで得られたビジネスアナリシス情報は、あとから結果を確認する必要があります。
前出の図で、「価値のスペクトルとビジネスアナリシス」です。
プロジェクト前の活動で戦略アナリシスで扱うビジネスアナリシスは「ニーズ」です。これはどのように扱うのでしょうか。
【引き出しを準備する】タスク
- 要素1. 引き出しのスコープを決める
- 要素2. 引き出しテクニックの選択
- 要素3. ロジスティクス
- 要素4. 補足資料
- 要素5. テークホルダーの意識づけ
5番目の「ステークホルダーを意識づける」が重要です。
ビジネスアナリストは、どのような情報が必要かについて、ステークホルダーを教育する必要があり、すべてのステークホルダーに確実に前向きに参加をしてもらうようにすべきです。これは後のタスク「ステークホルダーコラボレーションをマネジメントする」タスクにつながります。
【引き出しを実行する】タスク
引き出しの3つのタイプが重要です。
- 協働型:ステークホルダーとの直接のやり取りです。
- 調査型:資料や情報源から体系的に発見し調査します。データマイニングなど。
- 実験型:観察、概念実証、プロトタイプです。
共感し、観察し、プロトタイピングで実験(テスト)、評価(知識エリア「ソリューション評価」のアクティビティーです)する。いわゆるデザイン思考まで考慮しています。
新しいソリューションの可能性を探る場合まで考慮しています。
- 要素1. 引き出しアクティビティーを導く
- 要素2. 引き出しの結果を収集する
タスクの要素単純そうですが、ここで推奨されているテクニックが重要です。
- インターフェイス分析:
- インタビュー:
- 観察:
- 協働ゲーム:
- コンセプト・モデリング:
- 調査やアンケート:
- データ・マイニング:
- データ・モデリング:
- ビジネス・ルール分析:
- フォーカス・グループ:
- ブレーンストーミング:
- プロセス分析:
- プロセス・モデリング:
- プロトタイピング:
- 文書分析:
- ベンチマークと市場分析:
- マインド・マッピング:
- ワークショップ:
なんと18種類ものテクニックが推奨されています。
タスクの内容は単純ですが、テクニックにより具体的な活動は大きく変わります。
「インタビュー」では実際にインタビューし、その結果を議事録としてまとめるだけです。
「ベンチマークと市場分析」ではどうでしょうか。ベンチマークではその準備として、
- 調査する領域を特定する。
- 対象領域における最先端のエンタープライズを特定する(競合企業を含む)。
そして、引き出しの実行では、
- 選定したエンタープライズに調査を実施し、そのエンタープライズの実践を理解する。
- 情報提供依頼書(FRI)を使用し、能力についての情報を収集する。
- 最も優れている組織を訪問し調査する。
- 現行の実践とベスト・プラクティスの間の乖離を見極める。
活動そのものが大きく異なりますね。ですけど、すべての作業を抽象化し「引き出しを実行する」タスクとしているわけです。テクニックごとに異なるタスクにしていては数が多くなりすぎてしまいますから。これがBABOKのタスクのテクニックのうまい(にくい)ところです。
新たなソリューションのニーズを発見するためには、調査型、実験型の引き出しアクティビティーが重要です。上記テクニックの中では、データマイニング、観察、協働ゲーム、プロトタイピングが有効です。
【引き出しの結果を確認する】タスク
引き出しの結果を、情報源および他の引き出しの結果と比較します。すなわち引き出された情報の「裏を取る」ことです。また計画されない引き出しの結果をステークホルダーに同意してもらうためには、ステークホルダーとのコラボレーションが必要となります。
プロジェクト前の引き出しですから、関連するビジネスアナリシス活動は知識エリア「戦略アナリシス」のタスクです。具体的には、引き出しの結果を用いて次のように戦略アナリシスの環境分析を行います。戦略アナリシスの環境分析では専門的なテクニック(プロセスモデリングなど)とともに引き出しのテクニックを併用します。
有効なテクニック |
引き出しのテクニック |
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内部要因 |
組織構造と組織文化 |
組織モデリング |
インタビュー ワークショップ |
能力とプロセス |
ビジネス能力分析、 プロセス・モデリング プロセス分析 |
ブレーンストーミング フォーカス・グループ インタビュー ワークショップ |
|
テクノロジーとインフラ |
プロセス分析 |
ワークショップ |
|
ポリシー(ルール) |
ビジネス・ルール分析 |
インタビュー ワークショップ コンセプト・モデリング |
|
ビジネス・アーキテクチャ |
ビジネス・アーキテクチャ (専門視点) |
インタビュー ワークショップ インターフェイス分析 |
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内部資産 情報資産 |
財務分析 データモデリング |
コンセプト・モデリング |
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外部要因 |
業界構造 |
市場分析 |
ベンチマークと市場分析 |
競合他社 |
SWOT分析、市場分析 |
ベンチマークと市場分析 |
|
顧客 |
市場分析 |
フォーカス・グループ |
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サプライヤー |
ベンダー評価 |
文書分析 インタビュー |
【ビジネスアナリシス情報を伝達する】タスク:
それはまず冒頭で述べたように、知識エリアのくくり方が論理的に似たタスクを集めたものでしかなく、フェーズやタスクの実行順序とは関係ないからです。ステークホルダーとのコラボレーション(協働作業)という意味合いで、知識エリア「引き出しとコラボレーション」に含まれていますが、タスクを実行するタイミングとしては、プロジェクト中で要求が固まってきた頃に頻繁に実行されます。
これから解説しますが、RFPやBRD(Business Requirement Document:ビジネス要求文書)、要求仕様書など(これらを「要求パッケージ」と言います)を作成し、それを関係するステークホルダーに伝達するのがこのタスクです。ですから「要求アナリシスとデザイン定義」のいくつかのタスクを実行して要求がまとまってきた頃に実行されます。
ビジネスアナリストは、適切な時期に、適切な情報を、そのニーズに沿った形式で、ステークホルダーに伝達しなければいけません。そのためには、BA情報パッケージをまとめる必要があります。このBA情報パッケージは以前「要求パッケージ」と呼ばれていたものです。バージョン3では要求のみならず、そのもととなる「ニーズ」から始まり、要求、デザイン、ソリューションコンポーネントなど、幅広い情報を扱うようになりました。そのため従来「要求」を重点に扱ってきたものを一般化し「ビジネスアナリシス情報(BA情報)」という言い方に変わりました。
BA情報パッケージの例としては、次のようなものがあります。
- ビジネスケース
- BRD(ビジネス要求文書)
- RFP(提案要求書)
- 要求仕様書、要件定義書など、
- プロダクトロードマップ
必要なパッケージを準備しなくてはいけません。
要求やデザインをまとめた文書(ウォーターフォールの場合)がメインで形式としては公式文書、非公式文書、プレゼンテーションがあります。
ウォーターフォールを好む組織では公式な書式やテンプレートが用意されていると思います。
BRD(ビジネス要求文書)は日本ではあまり聞きなれないかもしれません。ビジネス要求とステークホルダー要求をまとめたドキュメントです。一部の組織ではソリューション要求まで含めているものも見かけます。北米ではビジネスアナリシスの公式文書として重要視されています。
上記のBA情報パッケージ(BRD、RFP、要求仕様書、など)が作成される都度、このタスクは実行されます。いつ誰にどのBA情報パッケージを伝達するのかは「3.2 ステークホルダー・エンゲージメントを計画する」タスクで計画します。
伝達手段としては、
- グループ・コラボレーション(すなわちワークショップやレビューなど)
- 個別コラボレーション(インタビュー)
- E-mailその他
【ステークホルダー・コラボレーションをマネジメントする】タスク
新しいBABOKバージョン3を特徴づけるユニークなタスクです。
ステークホルダーのコラボレーションのマネジメントは、継続的なアクティビティーです。ステークホルダーが特定されると、役割、影響、およびイニシアチブへの関係が分析され、ステークホルダーのコラボレーションのマネジメントが始まりビジネスアナリシスの活動期間中継続されます。
- 要素1:コミットメントへの合意を得る:時間とリソースのコミットメントを得る必要があります。
- 要素2:ステークホルダー・エンゲージメントをモニタリングする
ステークホルダーの態度および関心に変化がないか、をモニタリングします。 - 要素3:コラボレーション:
ステークホルダー・エンゲージメントが本当にうまくいっている状態とは、自分の声が届いている、自分の意見が取り上げられている、自分の貢献が認められている、と関係しているステークホルダーのすべてが感じている状態です。
このタスクのアウトプットは「ステークホルダー・エンゲージメント」ですが、その解説は次の通りです。
- ビジネスアナリシスのアクティビティーに進んで取り組み、必要があればビジネスアナリストとやり取りしようとするステークホルダーの自発的意思
このようなタスクのアウトプットは見たことがありません。人の「気持ち(意思)」の問題です。それをアウトプットとするタスクです。じつは新しいBABOKではタスクの定義が従来のものから変わっています(気が付かないかもしれませんが)。
BABOKガイドP5 を引用します。
- タスクとは、ビジネスアナリシスの一環として公式または非公式に実行される、ビジネスアナリシスを構成する個々の業務である。BABOK ® ガイドでは、ビジネスアナリシスの一連のタスクを定義する
ですから、明らかにこのタスクは非公式に実行される、ビジネスアナリシスの業務です。
ロジカルな意思決定も多いのですが、チェンジを成功させるためにはステークホルダーの「気持ち(意思)」までもビジネスアナリシス業務の対象としているわけです。大げさな表現をすれば新しいBABOKの思想の一つと言えるかもしれません。
ビジネスアナリシスは「チェンジを可能にする専門活動」ですから、最終的にステークホルダーにソリューションを使ってもらうために仕事のやり方を変えてもらわなくてはいけません。そのためには人の「気持ち(意思)」のマネジメントが必要ということです。
さらに、要求を引き出してもらうためにはステークホルダーに喜んで自分たちの要求を話してもらわなくてはいけません。そのためにも新しいソリューションの意味を正しく理解してもらい、喜んで自発的に要求を出したり、まとめてもらうためにも人の「気持ち(意思)」が重要となります。