第4章 プロジェクト中のビジネスアナリシス(前半)
プロジェクト中のビジネスアナリシスの活動は多くあります。
いまさらながらですが、ビジネスアナリストとは何をする人でしょうか。
以下はBABOKからの引用です。
- ビジネスアナリストは、エンタープライズ内のさまざまな情報源から情報を発見、統合し、分析する責任をおう。
- ビジネスアナリストは現状の課題と原因を決定するために、ステークホルダーの真のニーズを引き出すことに責任を負う。
「真のニーズを引き出すことに責任を負う」とはすごいことを言ってますね。「ステークホルダーの真のニーズ」とは何でしょうか。言い換えるとステークホルダーのまだ自覚していない真のニーズを引き出すことです。まさに「言うに易し、行うは難し」。簡単なことではありません。筆者に言わせれば、顧客の真のニーズとは、それが分かれば苦労しないものです。なかなかわからないから、大変なのではないですか。
そのため、あの手この手のテクニックを使わなくてはいけません。例えば、
- インタビュー
- ワークショップ
- 調査・アンケート
- ブレーンストーミング
- 観察
- ベンチマーク
- マインドマップ
などがあります。
データマイニング:
ステークホルダーに聞けば教えてもらえるものは限られています。本人が自覚しているニーズや要求なら、インタビューで教えてもらえます。しかし、まだぼんやりしているニーズで自分ではうまく表現できない、しずらい、さらに全く気付いていないニーズや要求(真のニーズ)までを引き出す必要があります。そしてビジネスアナリストにはその責任があるのです。そのため最近では上記のテクニックに加えて、ステークホルダーの気が付いていない(全く知らない)ニーズを発見するために「データマイニング」まで引き出しのテクニックに追加されるようになりました。大変な驚きです。今から10年以上前ですが、アメリカのスーパー・マーケットで販売データを分析した結果、おむつを購入する若夫婦が帰りがけに缶ビールも購入する傾向が分かったというものです。そのスーパーではパンパースの売り場の隣に缶ビールを置いたところバカ売れした。という事例です。若夫婦たちは決しておむつと一緒に缶ビールを買うことが自分たちのニーズだとは思っていなかったかもしれませんが確かにそのような行動をしていたのです。ビジネスアナリシスで顧客ニーズを発見するということは、この様な活動まで意味するようになったのです。
エスノグラフィー:
また、テクニック「観察」の延長として最近ではエスノグラフィーも注目されています。これは単なる観察ではなく、ビジネスアナリストがステークホルダーの業務またはその一部を実際にやってみて経験することにより、洞察をえて、改善点(すなわちニーズ)を発見し、要求として認めていこうという試みです。ステークホルダーは前任者から言われたままのことを長年当たり前のようにこなしていて、なぜ、どうして、その業務をする必要があるのか、何の疑問も持たないまま長期間にわたり業務を遂行していることがよくあります。ビジネスアナリストが自分でやってみるとその業務の大変さがよくわかりますし、第三者として別のやり方や改善について気が付くこともあります。これもステークホルダーの気が付かない(知らない)ニーズや要求の新しい引き出しの方法として注目されています。
信頼感:
従来のインタビューやワークショップでもステークホルダーは自分では言いにくいことや、言いたくないこともあります。そのような場合にはテクニック以前に重要なことがあります。それはビジネスアナリストとして基礎的な知識、スキルや行動特性、すなわちコンピテンシーです。例えば、「信頼感」。おそらく基礎的ですが最も重要な行動特性です。知識やスキルではありません。行動が伴っていなければ何も意味がありませんのでBABOKでは「行動特性」と言います。信頼されていない限り有効な引き出し活動を行うことは難しいでしょう。信頼を得るためにはいくつかの要素があります。まずビジネスアナリストとしてふさわしくなければいけません。具体的には約束を守るとか、適切な身なり(服装)、ビジネスアナリストとしての態度や言葉遣いなどです。このふさわしさはいくらできていてもあまり大きな信頼にはつながらないかもしれませんが、逆に怠ると大きく信頼を失うことになりかねませんので要注意です。政治家の失脚の多くはこのふさわしさが問題になっていることが多いものです。いくら立派な業績のある人でもその人(政治家)としてふさわしくなければNGとなりますね。
続いて、ビジネスアナリストとして能力が高いことが重要です。今までの業績がモノを言います。またPMPやCBAP等の公的な資格を有していることも役に立ちます。人は能力の高い人に信頼を寄せる傾向があります。ですから成功プロジェクトや特定業界での長年の経験、保有している資格を示すのが良いと思います。
三番目として相手に共感してあげることも信頼を得ることに役に立ちます。相手の悩みなどに親身になって相談してあげるのもよいでしょう。ビジネスアナリストにとって共感力は基礎的ですが極めて重要です。この領域は女性が強みを発揮できる点です。毎年U.S.で開催されるビジネスアナリシスの世界最大のカンファレンスBBC(Building Business Capability)に参加すると、女性のビジネスアナリストが多いことに驚きます。参加者の60%以上が女性なので、どうも女性に向いた専門職かもしれません。また共感に近いものとして共通性があります。人は自分と共通なものを持っている人に親しみを感じます。例えば、出身、学校、言葉(特に海外)、価値観、そして趣味。趣味が共通な人には大変親しみやすく感じませんか。趣味には音楽、スポーツなどいろいろあると思います。何でも構いません、相手に共通するものが何かを探すことです。
そして最後に、相手の役に立つことです。人は自分が困ったときに助けてくれた人のことを決して忘れることはありません。あなたの身の回りにいる人で、現在は別の人が担当しているにもかかわらず、お客様がその人(以前の担当者)に相談を持ち込むような人はいませんか。きっとその人は以前お客様が困っていたのを助けてあげたのではないでしょうか。現在は別に担当する人がいるにもかかわらず、以前助けてくれた人のことを忘れずに何かあると相談を持ち掛けたくなるのでしょうね。いかに信頼を寄せているかが分かります。この様に実際に助けて上げられればそれに越したことはないのですが、そこまでいかなくても、「あなたの役に立ちたい」という気持ちを伝えるだけでも信頼感が増します。
このようにして信頼感を得ていれば、デリケートな案件の要求を引き出すことが可能になります。またステークホルダーが意思決定にビジネスアナリストの意見を聞くことにもなるでしょう。さらに、ビジネスアナリストが間違って問題が発生した時、ステークホルダーがビジネスアナリストを責めることはなく逆にかばってくれることにもなるのではないでしょうか。読者の皆様はステークホルダーから信頼されていますよね。
傾聴:
信頼感にも関係しますが、傾聴のスキルも必要です。インタビューでは特にそうです。傾聴は英語ではアクティブ・リスニング(Active Listening)と言います。単に耳で聞くのではありません。積極的な行為です。あいづちを打ったり、アイコンタクト、ジェスチャを交えて、自分が相手に「あなたの言うことを聴いていますよ」ということをしっかりと伝えるのです。それが伝わって初めて双方向のコミュニケーションが成立します。必要に応じて言い返す(リピートとも言います)ことや、「なるほど」とか「そうですね」などの簡単な言葉を使うことで相手の発言をさらに促すことができます。インタビューなのに、要求を引き出す相手よりもビジネスアナリストの方が多くしゃべっていることのないようにしましょう。
適応力:
相手のスタイルに合わせて自分のアプローチ方法を変える適応力も重要です。ステークホルダー(スポンサーも含めて)には様々なタイプの人がいます。適応力は、テクニックやスタイル、手法、アプローチを変える能力のことですが、すでに確立されたいくつかの方法があります。そのいくつかを紹介します。
- ソーシャルスタイル
- DiSC理論
- エゴグラム(交流分析理論)
など。
ソーシャルスタイルでは、人の言動を次の2つの軸で考えます。思考を開放する度合い(断言するのか、問いかけるのか)の軸と、感情を開放する度合い(感情を表すタイプか感情を出さないタイプか)の軸です。この2つの軸を組み合わせると、次の4つのタイプに分類されます。
- ドライバー(断言する傾向が強いが、感情は出さない)。ズバリと物事を明確に発言するタイプです。結果にこだわり、一人で決断します。
- アナリティカル(思考も、感情も出さない)。途中のプロセスを重視し、データや事実の細部にこだわります。
- エクスプレッシブ(思考も感情も出す)。賑やかで親分肌。周りを盛り上げるタイプです。
- エミアブル(問いかけが多く、感情は出す)。温和な人。周りの意見を尊重し、一人では決断しません。調整役として最適です。
DiSC理論も似ています。D(Dominant支配性)、i(Influence影響力)、S、C(Conciencous)の4つの強弱の度合いで人のタイプを分けます。
エゴグラムは性格診断で、5つの心の領域(CP、NP、A、FC、AC)に分けて分析します。
- CP:支配的な親
- NP:養育的な親
- A: 合理的な大人
- FC: 自由な子ども
- AC: 従順な子ども
上記3種類に限るわけではありませんが、どれか一つの方法を身に着けることをお勧めします。相手のタイプを知り、自分のタイプも知ることが重要です。やりやすい組み合わせ、やりにくい組み合わせが分かれば、相手に対してのアプローチ方法を変えることができます。例えば、相手がエミアブルなら根回ししたほうが良いことがあります、ドライバーは自分で決断するタイプなので根回しはしない方が良いでしょう。
ステークホルダー・エンゲージメント:
有効にニーズや要求を引き出せるようになるには常にステークホルダーの意識を高めておく必要があります。このことをステークホルダー・エンゲージメントと言います。 ビジネスアナリシス活動に進んで取り組もうとする自発的意思のことです。
ステークホルダー・エンゲージメントが下がらないように次のようなリスクをアセスメントします。
- ステークホルダーが他の仕事に忙殺されていないか
- 求められる品質を提供しない引き出し活動になっていないか
- せっかく引き出した要求の承認が遅れていないか
そして、ステークホルダー・エンゲージメントをうまく行い次のような状態にすることです。
「自分の声が届いている、自分の意見が取り上げられている、自分の貢献が認められている」と関係しているステークホルダーのすべてが感じている状態。
この「引き出し」活動を独立した知識エリアに格上げしたことがBABOKの最大の功績ではないでしょうか。当時(今から10数年前)は要件定義の一部でしかありませんでした。そしてステークホルダーが要件として黙って提供してくれるものとして扱う知識体系が殆どでした。 下記のリストはその一部です。
PMBOK、CMMI、システムズエンジニアリング・ハンドブック(INCOSE)、SLCP/ISO、SLCP/JCF(共通フレーム2007)、SWEBOKなど。
今でもいくつかの知識体系では要件定義が最上位フェーズになっているものがあります。