3.4 BRMS導入の課題
BRMS(とBPM)を導入しさえすれば、超高速開発が実現できるのでしょうか。実はそう単純なものではありません。少なくとも2つの課題があります。
一つは、導入するためにはビジネスルールそのものが整理、整備されている必要があります。どんなに優れたBRMSでも、入力するべきビジネスルールがしっかり整備されていなければシステムから得られる結果が正しい(効果的な)ものとは程遠いものになってしまいます。ルールのヌケ、重複、矛盾などはBRMS導入する前に整備、整理しておくべきものです。これを何もしないまま、ただBRMSを導入しても効果が期待できないことは言うまでもありません。ツール(BRMS)のなかには重複や矛盾を指摘してくれるものもあり、チェックに使える便利なものです。しかし、便利だからといって、ツールをうのみにするわけにはいきません。特にルールのヌケを指摘してくれるわけではありませんし、またルールの粒度もそろえておく必要もあります。ですからしっかりしたビジネスルールを体系化する必要があります。
もう一つは、ビジネス戦略との関係です。ルールにヌケ、重複、矛盾が(形式的に)なかったとしてもビジネス戦略を反映していないルール体系では、効果的なビジネス運営とは程遠いものになってしまいます。また、ビジネス戦略を変更した場合、ビジネスルールもそれに応じたものに変更する必要があります。その際どのルールを変更し、どのルールは変更しないと判断するのでしょうか。ビジネスアナリシスのグローバルスタンダードのBABOKではステークホルダー要求やソリューション要求は、ビジネス要求にトレースする必要ことになっています。ビジネスルールの世界でも同様のことが言えます。ビジネスルールもビジネス戦略につながった体系にしておく必要があります。それは、BRMS導入以前(もしくは導入と同時)の問題としてしっかりビジネスルールを、基となるビジネス戦略が反映したものにしておく必要があります。それができて初めて、ビジネス戦略と同期したビジネスソリューションが構築できるのです。
4.最新書籍「ITエンジニアのためのビジネスアナリシス」の訴求点
上記2つの課題を解決するために、最近、良書が発売されています。それが、前述の「ITエンジニアのためのビジネスアナリシス」(日経BP社)です。
4.1 モレなくビジネスルールを抽出する方法
この書物では、最近10年間のビジネスルール世界の技術(ITとは限りませんが)の進歩による体系的なビジネスルールの抽出方法が数種類紹介しています。代表的なものは下記のとおりです。
- ビジネスプロセス
- ビジネス用語集とFACTモデル
- ビジネスマイルストーン
- 決定分析(意思決定)
など。
これらの抽出方法により、ビジネスルールをモレなく抽出することができるようになります。BRMSと併用することが可能です。特にビジネス用語集は最も重要です。この用語集の用語を使用してビジネスプロセスも記述します。ビジネスで使用する主要な用語は全て用語集に収録しなければなりません。
各々の抽出方法(ビジネスプロセスやFACTモデルなど)は次回以降、各論の解説に譲りまして、本号では次のポリシー憲章を解説します。
4.2 ポリシー憲章
この書物の価値(著者たちのビジネスルール世界での大きな貢献)は、下位レベルのビジネスルールを上位のビジネスミッション、目標(ゴール)、戦術など、いわゆるビジネス戦略とリンクさせる方法論を確立したことだと思います。ビジネスプロセスやFACTモデルなどは従来から存在していたのですが、いくら下位レベルのビジネスルールをモレなく抽出できたとしても、ビジネス戦略に立脚していない限り、ソリューションのビジネスへの貢献は保証できません。ソリューションの使われない機能(この場合はルール)が増える可能性すらあります。使われないルールを実装してもBRMS(ビジネス管理システム)が重くなるだけで、効果的なビジネス戦略の実行には程遠いものです。そのビジネス戦略とビジネスルールとを整合させる一つの方法論がポリシー憲章と言えます。
ビジネス戦術とビジネスポリシーを作成する方法の例です。極めて単純な例です。
5つの質問により、ビジネス目標(ゴール)、ビジネス戦術、リスク、ポリシーを導きます。
質問1:「ビジネス目標(ゴール)を達成するために最適なビジネス戦術は何か?」
質問2:「そのビジネス戦術を具体化するため使用できる追加のビジネス戦術、または
ビジネスポリシーは何か?」
質問3:「ビジネス戦術またはビジネスポリシーの成功を妨げるビジネスリスクは何か?」
質問4:「そのビジネスリスクは受容可能か?」
質問5:「受容できないビジネスリスクに対する最善の防御策となるビジネス戦術、
またはビジネスポリシーは何か?」
簡単な例として、ピザ屋さんを取り上げてみましょう。このピザ屋さんのビジネス目標(ゴール)は「顧客に満足してもらい続けること」です。そのためのビジネス戦術は「顧客の自宅や会社にピザを宅配する」ことになります。それを実現するためのポリシー(ルールの親分的なもの)はピザを1時間以内に届けることですが、ルール的な表現で「ピザを1時間以内に届けなければならない」となります。その実現を妨げるリスクとして、「交通渋滞」があります。リスクに対する防御策として、「ドライバーに道路状況のわかるGPSを渡す」があります。
このようにして、縦方向に戦略をダイアグラム的に書いたものをポリシー憲章と言います。
(「ITエンジニアのためのビジネスアナリシス」(日経BP社)より抜粋)
ビジネスルールをルールエンジンで自動化するだけでは、ビジネスに貢献するソリューションとはなりません。下位のルール体系が上位のビジネス戦略と整合しているとは限らないからです。整合しないごみの山のようなルール(使われないルールもあるかもしれません)、極めて属人的なルールもあるかもしれません。また、ルールそのものに矛盾があるかもしれません。そのようなルールでは、ルールエンジン(BRMS)で自動化してもITリソースの無駄になるばかりです。ですから、ポリシー憲章で戦略とルールを結合させれば、上位のビジネス戦略(ポリシー)の変更、追加に応じて、いつでも整合を保たせたままルール変更が迅速に可能になり、アジャイルなビジネス運用が可能になります。
しかし、ビジネス戦略とビジネスルールを整合させるためには、もう一つ重要なことがあります。下位のビジネスルールをモレなくダブりなく作成しておくことです。ポリシー憲章とMECEなビジネスルールを組み合わせることにより、ビジネス戦略と整合のとれたビジネスルールが作成されることになります。