【BABOK(R) よもやま話】 (5) 「チェンジ」

BABOK(R) よもやま話 (その5) 「チェンジ」

ビジネスアナリシス・コア・コンセプトにおいて「チェンジ」は、次のように定義されています。

チェンジ:

  • ニーズに対応して変える行為
  • エンタープライズアナリシスのパフォーマンスを改善するためのものである。ビジネスアナリシスのアクティビティにより、この改善を計画的でコントロールされたものにする。

前回解説したように、ニーズは大変奥深いものがありました。そして私たちは自分のニーズを満たす(価値を感じる)ためには何かを変えなければいけません。例えばどんなに素晴らしいITシステム(例えばERP)があったとしてもそれを使用し(それがチェンジをすることですが)なければ、価値(例えば企業利益)は生まれません。ですから価値を得るためにはチェンジが不可欠ということになります。

分かりやすい例として、スマートフォンを考えてみましょう。従来使用していた携帯電話(ガラケイ)の使用をやめてスマートフォンを購入(契約)し使用(すなわちチェンジ)して初めてその便利さ(価値)を味わうことができるのです。スマホを購入するだけでは不十分で、実際に使用することが重要です。それがチェンジするということになります。

ステークホルダーとしてビジネスの顧客を考えるのみならず、エンタープライズ自身も大切です。「価値」のところで解説したように、

  •  「戦略アナリシスは、....(一部省略)...、ステークホルダーのためのより大きな価値の創出や、エンタープライズ自身のためのより多くの価値の収集を可能にするソリューションの発見や想像も含む。」とあります。

スマートフォン/iPhoneはステークホルダー(ビジネスの顧客:すなわち私たち一般顧客)のための大きな価値を創出するのみならず、エンタープライズ(アップル社がその典型)自身のためのより多くの価値を収集するソリューション(iPhone)にもなっていることが重要です。

エンタープライズ(この場合はアップル社)は従来の音楽デバイスのiPodではなく新しいソリューション(iPhone)を開発・製造・販売(チェンジ)することにより、大きな企業利益(価値)を得ることができたのです。

つまり、ステークホルダー(一般顧客)とエンタープライズはスマートフォン(iPhone)というソリューションを介して、大きなチェンジを実現し、お互いに大きな価値を得ています。ここでは2つのチェンジが同時に発生していることがわかります。どちらもチェンジをしない限り価値を得ることはできません。チェンジして初めて価値が実現しています。その価値の実現に不可欠なものがソリューション(この場合はiPhone)というわけです。

iPhoneというソリューションを介して異なる2つのチェンジ(顧客のチェンジとエンタープライズのチェンジ)の例を解説しましたが。別の例として社内の業務プロセスを変革するBPMプロジェクトを考えてみましょう。プロセスを合理的なものに変えることも立派なチェンジです。この場合はエンタープライズ側のコスト削減などが大きな価値になります。そしてチェンジを実行するのは変革されたプロセスで仕事を遂行する社内のステークホルダーという事になります。この場合もいくら素晴らしいプロセスを構築しても、その新しいプロセスで仕事を遂行してくれない限り価値(企業利益)は生まれません。

さらなるチェンジが発生しています。

2001年に発表されたiTune Storeです。これもチェンジのひとつですが、社会的インパクトが違います。当初iTune Storeは、音楽ソフト販売の手段として開発(これもチェンジです)されたのですが、音楽ソフトのみならず、iPhone上のすべてのアプリケーションの配布プラットフォームとして使用され始めました。これによりiPhone上に無数のアプリケーションが開発されるようになり、iPhoneの利便性が飛躍的に向上したのはご存知だと思います。こうなるとiPhoneの普及は手の付けられない状態に近く、販売実績(企業利益=価値)は飛躍的に向上し、社会的イノベーションにまで発展したのです。この現象はビジネスのエコシステムの確立として有名になりました。便利なアプリケーションが発売されると新しい顧客セグメントがそれに呼応し、販売実績を伸ばし、さらに便利なアプリケーションが開発され、また売り上げが伸びる、という良循環が回っています。アップル社がすごいのは偶然にこのようなエコシステムが実現したのではなく、意図的にかつ計画的にこのエコシステムを実現していることです。その要素はシステム思考というアプローチで、これもBABOKの基礎コンピテンシーの中の重要な部分です。

システム思考

V3_UC_Overview_2014年7月12日

システム思考は、イノベーションという社会的に大きなチェンジを実現するために不可欠な、マクロな視点でのポジティブなフィードバック(ネガティブな場合もあります)を考えるアプローチとして有名です。世の中の景気を考えるうえでも有益です。

前回解説したデザイン思考はミクロなニーズを発見し、ミクロなチェンジすることに極めて有効です。ステークホルダーがまだ気が付いていない小さなニーズを発見し、プロトタイプを使って(チェンジして)もらって価値を味合わってもらい徐々に製品(商品)を完成させていくのです。ある程度成功することが分かれば、次の段階として大きなチェンジを考えます。

イノベーションのような大きなチェンジにはシステム思考が欠かせません。BABOKのチェンジはデザイン思考とシステム思考の両方を扱うことまで含んでいるのです。

スマートフォン/iPhoneというソリューションを介して異なる2つのチェンジ(顧客のチェンジとエンタープライズのチェンジ)の例を解説しましたが。別の例として社内の業務プロセスを変革するBPMプロジェクトを考えてみましょう。プロセスを合理的なものに変えることも立派なチェンジです。この場合はエンタープライズ側のコスト削減などが大きな価値になります。そしてチェンジを実行するのは変革されたプロセスで仕事を遂行する社内のステークホルダーという事になります。この場合もいくら素晴らしいプロセスを構築しても、その新しいプロセスで仕事を遂行してくれない限り価値(企業利益)は生まれません。

あくまでチェンジを実行するのはステークホルダーであってビジネスアナリストではないことに注意してください。そのためBABOKの基礎コンピテンシーの中の、「創造性」では、「ビジネスアナリストが創造的に考え、他の人にも創造的な思考ができるように支援することは...」と、つまり「ステークホルダーにも創造的な思考ができる」ように支援することが重要となっています。また「意思決定」という基礎コンピテンシーでは、ビジネスアナリスト自身が意思決定を下す際の基準を理解することのみならず、「他の人がより適切な意思決定ができるように支援する...」、すたわち「ステークホルダーがより適切な意思決ができるように支援」する、とうたっています。チェンジの主役はステークホルダーであり、ビジネスアナリストはいわば黒子のような存在になる必要があると言えます。

業務改革でもシステム思考が不可欠

BPMに限らず企業内の大きな変革(業務改革やビジネス変革)を実践する際にもシステム思考は不可欠です。単にITシステムを開発したり、業務プロセスを新しく設計するだけでは効果(価値)は発揮できません。そのためには組織も変える必要があるかもしれません、組織文化も変える必要があるかもしれません、人の配置や転換、役割や責任の変更、人の教育、など、様々な分野でチェンジが必要になります。そして最も重要なのは人の「気持ち」です。新しいシステムやプロセスを実行する人々(ステークホルダー)が喜んで新しい仕事のやり方に取り組もうという「気持ち」になってもらう必要があります。そのことをBABOKのV3では、ステークホルダー・エンゲージメントと言います。ビジネスアナリシスが成功するためにはなくてはならないものです。ひとの気持や心理状態まで考えることもシステム思考の一部であり、チェンジを可能にして初めて価値を得ることができるわけです。その価値の実現にまで責任を持つ専門活動がビジネスアナリシスという事になります。