BABOK(R) よもやま話 (6) 「絆(きずな)」
今までビジネスアナリシス・コア・コンセプト・モデルの「価値」「ニーズ」「チェンジ」の解説をしてきました。今回は少し趣向を変えて「絆(きずな)」というテーマです。BABOK(R) ではどのように人と人との関係を考えているのでしょうか。
まず、基礎コンピテンシーから見ていきます。
行動特性:
- 行動特性のコア・コンピテンシーは、ビジネスアナリストがステークホルダーからの信頼と尊敬を得られるようになるためのスキルと行動が中心である。ビジネスアナリストが信頼と尊敬を得るには、倫理的に正しい行動をとり、期限を守って期待どおりのタスクを完了させ、必要な品質を備えた結果を効率的に生み出し、ニーズと環境の変化に合わせて適応する能力を一貫して示す。
【倫理】
ビジネスアナリストが倫理的であるためには「公平さ、配慮、道徳的な振る舞いについての理解と集中が必要であり、それは、ビジネスアナリシスのアクティビティーと人間関係を通して行われる」。とあります。また倫理的な行動には、「提案したソリューションがすべてのステークホルダー・グループに及ぼす影響について考慮し、すべてのグループをできる限り公平に扱うように努力する」とあります。
有効性の評価項目としては次のことがあげられています。
- 決定と行動が透明で公平だと感じるというフィードバックがステークホルダーから寄せられている。
- すべてのステークホルダーの利益を考慮した上で決定が下されている。
- 自身の能力や作業パフォーマンスについて誠実であり、失敗や間違いの責任を受け入れることについても誠実である。
【信頼感】
BABOKでは、信頼感の要因としてつぎのことを述べています。
- 自信のある態度を一貫してとること。そのことにより、同僚やステークホルダーは、そのビジネスアナリストの姿勢に強さを感じる。
- 誠実で率直な行動をとり、衝突や懸念があれば直ちに対応すること。そのことにより、同僚やステークホルダーは、そのビジネスアナリストの精神を誠実で裏表がないと感じる。
有効性の評価項目としては、
- ステークホルダーが、議論や意思決定の場にビジネスアナリストを同席させる。
- ステークホルダーが、課題や懸念をビジネスアナリストに提示してくる。
- ステークホルダーが、難しいトピックや異論の多いトピックについてビジネスアナリストと話し合うことに前向きである。
- ステークホルダーが、問題が発生したときにビジネスアナリストを責めない。
最後の項目は極めて重要です。信頼されていれば失敗しても許してもらえます。
つづいて 「人間関係のスキル」から
【リーダーシップと影響力】
- リーダーシップと影響力は、人の意欲を引き出すこと。共通のゴールと目標の達成を目指して協力して働くように促す。ステークホルダーごとの動機やニーズ、能力を把握し、それらを効果的に組み合わせられれば、組織の共通の目標を達成しやすくなる。ビジネスアナリストの職務は、相手が自分の直属の部下であるかどうかにかかわりなく、リーダーシップと影響力を磨くよい機会である。
決して、上下関係の明確な(例えばPMBOKで謳っているプロジェクトマネジメントのリーダーシップを意味しません。上下関係に関係ないリーダーシップと言えます。アジャイルのリーダーシップに通じます。
有効性の評価項目としては、次のことがあります。
- 望ましい未来の状態について明確で意欲的なビジョンが提示されている。
- 人を動かし、ビジョンを行動にうまく移行させている。
- 相互の利益を理解できるように、ステークホルダーを感化している。
- 他者に影響を与えるための協働のテクニックを効果的に活用している。
- 個人の動機を超えてより広い目標を考慮するように、ステークホルダーに影響を与えている。
【チームワーク】
- ビジネスアナリストは、チームはどのように形成され、どのように機能するかを知っておかなければならない。チームの力学を認識し、プロジェクトのさまざまな段階を踏んでチームが成長していく中で、力学がどのように作用するかを知っておくことも、極めて重要である。
- チームメートとの信頼を築き、良好に保つことは、チーム全体の一体感を高め、チームのパフォーマンスを最大限に引き出すのに有効である。
- チームにおいて衝突はよくある。適切に対処すれば、衝突の解消がチームにとってむしろ便益をもたらすこともある。
有効性の評価項目としては、次があります。
- 協働作業の環境が育まれている。
- 適切に衝突が解消されている。
- チーム・メンバー間の信頼が醸成されている。
- 共有されている高い達成基準に向けて、チーム内で支え合う雰囲気がある。
- チームゴールに対する当事者意識が共有されている。
「リーダーシップと影響力」と「チームワーク」は表裏一体です。リーダーが全責任を持つという専制型のリーダーシップ(PMBOKでのリーダーシップ)ではありません。リーダーもチームメンバーも同等に責任を共有する、という新しいリーダーシップです。協働型のリーダーシップとでも言うのでしょうか。前述の信頼感が前提ですね。
ビジネスアナリストはステークホルダー(要求を引き出す相手)の上司ではありませんから専制型リーダーシップで「引き出し」がうまくできるわけありません。ステークホルダーが責任を共有してもらうようになってくれることが重要です。
ここで不可欠なのが、ステークホルダー・エンゲージメントという考え方です。
「ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする」タスク
「エンゲージメント」に対応する日本語が見当たりません。有名なのは男女間でのエンゲージメントで「婚約」を意味しますね。つまり「感情面での約束(コミットメント)、エモーショナルなコミットメント」と言えます。ステークホルダーに感情的に約束してもらうことですが、まだわかりずらいですね。
知識エリア「引き出しとコラボレーション」の中の「ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする」タスクを見てください。このタスクの目的は、「共通のゴールに向けて一緒に仕事をするように、ステークホルダーに奨励すること」です。
そして、ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントするとは、
- 「ステークホルダーの前向きな反応を利用し、後ろ向きの反応をビジネスアナリストが和らげたり、回避したりすること」です
また、ステークホルダー・エンゲージメントがうまくいっている状態は、
- 「自分の声が届いている、自分の意見が取り上げられている、自分の貢献が認められている」、と関係しているステークホルダーのすべてが感じている状態」です。
コラボレーションがうまくいっている関係においては、妨害や障害があったとしても自由に情報をやり取りする経路は確保され、問題解決や望ましい成果の達成のための共同の取り組みが推進されます。
最後にこのタスクのアウトプットを紹介します。
アウトプット:
- ステークホルダー・エンゲージメント: ビジネスアナリシスのアクティビティーに進んで取り組み、必要があればビジネスアナリストとやり取りしようとするステークホルダーの自発的意思
最後の「自発的な意思」がエンゲージメントという事になりますね。この「ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする」タスクはある意味、BABOK(R)の中で最も重要なタスクと言えるかもしれません。ステークホルダー・エンゲージメントをうまく得ることが、ビジネスアナリシスを成功に導く、と言えます。
しかしその前提として、基礎コンピテンシーの「倫理」、「信頼感」、「リーダーシップと影響力」、「チームワーク」を忘れてはいけません。結果としてステークホルダー・エンゲージメントを得ることができます。正に「絆(きずな)」と言えます。人と人との絆(きずな)がビジネスアナリシスには不可欠です。