プロジェクト前(その2)
知識エリア【戦略アナリシス】
4.1 「現状を分析する」タスク
目的:
- エンタープライズの現状を調査し、なぜチェンジが必要なのかを明確にします。
【ビジネス・ニーズ】
エンタープライズが直面する、戦略的に重要な問題または機会を特定します。
ビジネス・ニーズの例です:
- 問題が組織内で引き起こしている影響(売上げ低下、効率の悪さ、顧客の不満、従業員のモラルの低下など)
- ソリューションから予想される便益(売上げ増、コスト減、市場シェア拡大など)
- 問題解決の時間短縮、または素早く機会を捉えられるか。また何もしない場合のコスト
- 問題の発生源
などがあります。
ビジネス・ニーズ(対処するべき問題または機会)が明確になれば、ビジネス環境分析を行いましょう。ビジネス環境分析を先に行う場合もありますが。内部、外部、マクロと3つのカテゴリーで分析することをお勧めします。まず内部要因ですが、モレ・ヌケなく分析するためには5W1Hの観点で調査することが重要です。次のように構造化するとよいでしょう。
内部要因として、次のものがあります。
- 内部資産(What):情報資産、金融資産、ブランド、などを考えます。5W1Hの観点ではWhatに相当するものと言えます。
- 組織構造と組織文化(Who/Where): 人と場所、信念、価値観、規範などですが、WhoとWhereのみならず文化的要素まで考慮します。
- 能力とプロセス(How/When):提供する製品・サービス、サポート機能、提供(生産)機能、価値ストリーム(物流)、意思決定の手法。コア・コンピテンシなど幅広いものがあります。HowとWhenに大きく関係します。物流がある場合はWhereにも関係します。
- ビジネスのポリシー(Why):エンタープライズのビジネスの意思決定を支援します。Whyに相当します。
- ビジネス・アーキテクチャ:上記5W1Hの要素を経営・業務レベルの観点で横ぐしをとおしてまとめます。
- テクノロジーとインフラ:上記5W1Hの要素を情報システムとインフラの観点でまとめます。
5W1Hの観点と、ビジネスアーキテクチャ、テクノロジーとインフラ、の関係はエンタープライズ・アーキテクチャの影響を感じる読者がいるかもしれません。筆者もそう感じます。
続いて、外部要因、マクロ要因を分析します。
外部要因には次の要素があります。
- 業界構造:業界特有の価値創造の方法
- 競合他社:競合他社の動向、特に新規参入者。
- 顧客:エンタープライズが対象とする顧客セグメントのニーズは特に重要です。
- サプライヤー:パートナーの動向にも注意が必要です。
マクロ要因は次のものです。
- 政治と規制環境:アベノミクス、選挙、...
- テクノロジー:世の中の技術革新(AIやIoT)はすべての産業に影響します。
- 経済要因(景気、失業、インフレなど):アベノミクス、EUの動向(円高、円安)など、数多くの要因がビジネスに影響します。
左の表は内部影響要因と外部影響要因、それに関連する効果的なテクニックを一覧化したものです。内部資産(What)、組織と文化(Who/Where)、能力とプロセス(How/When)、ポリシー(Why)の5W1Hを横ぐしでビジネスのレベル、テクノロジー(情報技術)のレベル、インフラのレベルでマトリクス表現してみました(まさに簡易版のエンタープライズ・アーキテクチャになります)。
このタスクで有効なテクニックとしては、
- SWOT分析
- ビジネスモデル・キャンバス
その他、多数あります。
読者におなじみのiPodを例に考えてみましょう。次の図はiPodのビジネスモデルです。
翔泳社 「ビジネスモデルジェネレーション」の内容より筆者が加筆修正
iPodだけの時のビジネスモデルは上図のようなものでした。
その後、アップル社はiTunesを発表したのですが、その新しいビジネスモデルは次のようなものになりました。
新たな価値提案として、より優れたビジネスモデルによるものであり、デザインの優れたiPodデバイス、iTunesソフトウェア、iTunesオンラインストアの統合によるユーザーにシームレスな音楽体験をもたらしました。Appleの価値提案は顧客がデジタル音楽を簡単に購入し楽しめるようにしたことです。この価値提案を可能にするためには、Apple が大手レコード会社との交渉によって、世界最大の音楽ライブラリーを作る必要がありました。(翔泳社発行:「ビジネスモデルジェネレーション」より引用)。
ソリューションとしてKA(主要活動)のシステム開発を考えてみますと、VP(価値提案)の「シームレスな音楽体験ができる」、CH(チャネル)の「顧客がiTunesストアで購入できる」、CR(顧客関係)の「他社に切り替えるための高価なスイッチングコストが必要」、KR(主要リソース)の「iTunesソフトウェアによるコンテンツ利用権の提供ができる」などがビジネス要求と考えることができます。
これらのビジネス要求をインプットとして将来状態を定義していきます。
4.2 「将来状態を定義する」タスク:
「将来状態を定義する」タスクの目的は、ビジネス・ニーズの達成に必要な条件を決定することです。
【ビジネスのゴールと目標】
BABOKバージョン2では、ゴールと目標は上位から与えられていましたが、新しいV3ではゴールと目標を定義するっことになり、根本的に変革したと言えます。ビジネスアナリシスの仕事そのものが戦術から戦略に変化した部分でもあります。
ゴールとして扱うものとして、
- 新しいプロダクトやサービスの創出、競争上の優位性の確立。
- 売上げの増加、コスト削減による収益改善。
- 顧客満足度の向上。
- プロダクトやサービス提供までの時間短縮。
などがあり、すべて企業戦略に直結します。
米国の経営者は「業務改善・標準化」「現場の改善」程度の効果にはあまり興味を示さなくなっていて、戦略的投資の対象としてはビジネス・モデルそのものの変革で、具体的には「ビジネス自体の改革」「商品サービスの創造」「顧客の拡大」などが主流のようです。新しいBABOK®のV3はまさに米国の経営者の意図を反映しています。特に「商品サービスの創造」は「戦略アナリシス」のみならず、後述の「引き出しとコラボレーション」の概念実証、プロトタイプ、データ・マイニングなどと密接な関係のある総合的なアクティビティが要求されます。
「現状を分析する」タスク同様に、ビジネス環境分析を行いますが、その前にもう一度「ビジネスモデル・キャンバス」を見ます。
ピンク色の部分が新しく追加されたビジネスモデルです。サンプルとしてこのiTunesを加えたiPodのビジネスモデルを将来状態として戦略アナリシスで分析してみましょう。そのためには、ビジネスモデル・キャンバスとビジネス環境分析の各要素を対応づけてみましょう
概ね左図のように対応付けられることが分かります。この対応が極めて重要です。
「顧客セグメント」を変えることは外部環境の「顧客」を変えることですし、業界構造にも影響を与えます。「テクノロジー」の変化(技術革新)による革新的な商品・サービス(能力とプロセス)が新しい顧客セグメントを可能にするかもしれません。「価値提案」を変えるためには「能力とプロセス」を変えなければなりません。その結果はビジネスアーキテクチャーに反映されます。顧客との関係を変えるためには契約(ポリシー/ルール)を変える必要があります、など。すなわち、ビジネスモデル・キャンバスの要素と環境分析の要素は関連付けることが可能です。そして次の表のように、有効なBABOKのテクニックを採用することが可能になります。
有効なテクニック |
||
内部要因 |
組織構造と組織文化 |
組織モデリング |
能力とプロセス |
ビジネス能力分析、 プロセス・モデリング プロセス分析 |
|
テクノロジーとインフラ |
プロセス分析 |
|
ポリシー(ルール) |
ビジネス・ルール分析 |
|
ビジネス・アーキテクチャ |
ビジネス・アーキテクチャ (専門視点) |
|
内部資産 情報資産 |
財務分析 データモデリング |
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外部要因 |
業界構造 |
市場分析 |
競合他社 |
SWOT分析、市場分析 |
|
顧客 |
市場分析 |
|
サプライヤー |
ベンダー評価 |
ただし、上記、ビジネスモデル・キャンバスの要素と環境分析の要素との関連付けは決して画一的なものではなく、チェンジのコンテキストによって対応付けが変わることがありうることに注意してください。
重要なことは何らかの対応ができれば、ビジネス環境変化に応じたBABOKのテクニックが使えることです。すなわち、キャンバス上でビジネスモデルを変えることはBABOKのテクニックを通じて実装へと導くことが可能になるのです。例えばiTunesの例では価値提案「シームレスな音楽体験」を実現するには内部要因の「能力とプロセス」を変えること、すなわち主要活動の「システム開発」(新しい能力・プロセス)の実現なので、「ビジネス能力分析」「プロセスモデリング」等につながります。それらのテクニックは要求アナリシスのタスクで使用されて実装へと導かれていくわけです。
当然、それらのテクニックを理解して使えるようになっていることが前提です。
【潜在価値】
ソリューションがもたらす潜在価値を明確にしなくてはいけません。iPod/iTuneの例ではR$(収益の流れ)にある、「巨大なハードウェアの売り上げ」の増加と「楽曲の販売収益」の合計です。これらが「開発費」などを上回っていなくてはいけません。