デジタル・ビジネスアナリシス 基礎 (その3)
3.チェンジ戦略から要求アナリシスとデザイン定義へ
知識エリア「戦略アナリシス」の4番目のタスクです。
このタスクではスコープを記述し、現状とスコープとのギャップを明確にしていきます。
そのスコープとギャップも5W1Hで分類しておくと次の表のようになり、現状分析と極めて相性の良い関係であることが分かります。
具体的には、2行目にある適切なテクニックを使用すると、「現状」→「スコープ」→「ギャップ」と上から下に明確につながっていく事が分かります。その様子をわかりやすく図示しました。
その分類した表に、ビジネスモデル上で変革するべきものをマッピングすると次のようになります。
あとはBABOKの解説とおりにチェンジ戦略を策定することができることが分かると思います。
すなわち、
- チェンジを遂行するための組織の準備状況
- チェンジを遂行するために必要な主要コストと投資
- チェンジを遂行するためのタイムライン
- ビジネス目標との整合性
- 価値実現のためのタイムライン
等を作成すればよいのです。
これにより、スナップショットのためビジネスモデルキャンバスでは表現できないチェンジ(変革)がエンタープライズアーキテクチャ上で表現することができ、ビジネスケースを経てプロジェクトマネジャーがプロジェクト憲章を作成することが可能になるわけです。
これらの関係を図示したものが次の図になります。
チェンジ戦略を基にビジネスケースを作成することができますから、いよいよプロジェクトがスタートしていきます。プロジェクトの中においては知識エリア「要求アナリシスとデザイン定義」のタスクを活用していきます。
最初の「要求を精緻化しモデル化する」タスクでは実にさまざまなモデリングテクニックが紹介されています。
モデルカテゴリーとして次の5種類に分類されます。
- 人と役割(Who)
- 根拠(Why)
- アクティビティフロー(How/When)
- 能力(Capability)(How)
- データと情報(What)
まさに5W1Hに分類されているのが分かります。次のような表になります。
前回の戦略アナリシスの「現状の分析」、「将来状態を定義する」、「チェンジ戦略を策定する」タスクの5W1Hと大変似通った表(5W1H)ができたことにお気づきでしょうか。そしてモデリングテクニックも共通のものが多く見受けられます。
「現状の分析」→「将来状態の定義」→「チェンジ戦略の策定」→「要求のモデル化」→「要求アーキテクチャ」の各タスクは5W1Hの各カテゴリーで上流から下流へとつながっていきます。
これは一体何を意味しているのでしょうか。知識エリア「戦略アナリシス」と「要求アナリシスとデザイン定義」の2つの知識エリアはその背景に5W1Hのエンタープライズ・アーキテクチャをベースにしていると言えます。例えば、戦略上の問題としてHowに関するプロセスや能力を取り上げたなら、上流工程(戦略部分)でハイレベルなモデルで記述しておけば、以降のプロジェクトにおいて類似のモデル(例:プロセスモデル)を用いてより詳細に分析することがごく自然につながってくることになります。
これがビジネスモデル・キャンバスでの変革を5W1Hのエンタープライズアーキテクチャ(もしくはビジネスアーキテクチャ)に変換することの大きなメリットです。前述したように、ビジネスモデルキャンバスはスナップショットを表しているにすぎませんので、チェンジ(変革)の工程を示すことはできません。エンタープライズアーキテクチャ(5W1H)に変換することにより、チェンジの工程をモデリングテクニックを用いて明確にすることができ、ソリューション(ITシステム、新プロセス、新ルールなどの)に対する要求を明確にすることが可能になるわけです。
「若者向けの短期間保険」という価値提案において、若者の要求はペルソナによってより明確にすることができます。また、要求アーキテクチャではビューポイントとしてユーザー・エクスペリエンスを追求する必要も明確になります。上の図はそのことを示唆してくれます。
「給付金の即日払い」は意思決定モデルなど新しいモデリングテクニックによって明確にすることができるようになります。
更に「デザイン案を定義する」タスクでは、要求をデザイン・コンポーネントに割り当てていきます。ここで大切なことは要求の割当先です。決してITシステム(ソフトウェア)だけが要求の割当先ではないということを忘れてはいけません。BABOKでは要求を幅広くとらえていますので、ルール、プロセス、人の職務や責任、意思決定、組織構造なども立派な要求の割当先です。つまりそれらがデザインコンポーネントになります。
デザインコンポーネントの代表例です。
- ビジネス・ポリシーとビジネス・ルール (Why)
- 実行と管理の対象となるビジネス・プロセス (How)
- ソリューションを運用し保守する人、その職務機能と責任 (Who)
- 行うべきビジネス遂行上の意思決定 (Why)
- ソリューション中で使用するソフトウェア・アプリケーション(How)
- 組織構造。組織間の相互作用、その顧客とサプライヤー(Who/Where)
上記も5W1Hに分類することができます。そして上流から整理すると次の図になります。
将来のビジネスモデルの要素をマッピングしたのが次の図です。
前の図と同様に、この表も上流から下流へと類似のテクニックを使用することによりつながっていることが分かります。
「現状分析」からはじまり、「デザイン案」まで一気通貫されてきたことをご覧ください。
デジタルビジネス実現にはビジネスモデルの変革が不可欠ですが、ビジネスモデルを変えることはほとんどの場合、ビジネスプロセス(How)やビジネスルール(Why)、そして組織構造を変えることに行き着きます。場合によっては内部資産(情報資産)であるデータベースの変更も必要になるかもしれません。上図はその上流から下流までの一貫した流れを示しています。しかし、イノベーションはビジネスモデルを変えるだけでは実現できません。ビジネスを動かしているビジネスプロセス(ルールや組織を含む)を変えることが重要です。
BABOKは、知識エリア「戦略アナリシス」の「現状を分析する」、「将来状態を定義する」、「チェンジ戦略を策定する」タスクおよび知識エリア「要求アナリシス」の複数のタスクにおいて、共通ののエンタープライズアーキテクチャ(5W1H)をベースにしることが分かりました。
また、BABOKはビジネスモデルの変革を促すビジネスモデルキャンバスを知識エリア「戦略アナリシス」のテクニックとして収録しています。ビジネスイノベーション(特にデジタルビジネス)をビジネスモデル・キャンバスで表現し、それを簡易的なエンタープライズアーキテクチャ・モデル(5W1H)に変換さえすれば、「現状ビジネス」→「将来ビジネス」→「チェンジ戦略」に変換でき、ビジネスケースを経てプロジェクトを発足することができます。プロジェクトの中では知識エリア「要求アナリシスとデザイン定義」の複数のタスク「要求の精緻化とモデリング」→「要求アーキテクチャ」→「デザイン定義」まで類似のモデルを使用することにより、ソリューションまで一気通貫にデザインされていくことが分かると思います。まさにデジタルビジネスの実現に不可欠な知識体系であるということを理解いただけたら幸いです。