ビジネスプロセス・マニフェスト 2

日本語化の経緯:

先週は、ビジネスプロセス・マニフェストの日本語版の完成に時間をとられ、説明に十分時間を使えませんでした。今週は解説の前に、日本語化に至った経緯について少し触れたいと思います。

2013年11月にラスベガスで開催されたBBC2013カンフェランスに参加したのがきっかけです。このカンファレンスはビジネスアナリシスの国際団体であるIIBAと、ビジネスプロセスをグローバルにリードしているBPTrends、そしてビジネスルールを主導するBusiness Rule Solutionsの3者が共催する世界最大規模のビジネスアナリシス/プロセス/ルールのカンファレンスです。

弊社はビジネスアナリシスの教育・コンサルティングの専門会社なので、当然ビジネスアナリシスの最新動向そして、最近台頭しているビジネスルールの知識習得を目的に参加していました。ビジネスプロセス(BPM)は日本でもお馴染みなので、ラスベガスでなくても日本で十分に情報は得られる(得ている)と思っていました。
またBPMNでモデル化しソフトウェアで自動化しても経営/ビジネスへの効果が十分に得られないため、残念ながら日本でBPMの普及が十分でないことを把握していましたので、正直関心の程度はあまり高くありませんでした。

BPTrends1

しかし、BPTrendsのロジャー・バートンのキーノートスピーチは筆者のBPMの認識を一変してくれました。日本のBPMとは本質的に異なるやり方で、「組織・戦略」~「ビジネスプロセス」~「実装(ITと人材)」の3層構造ですべてを上から下までリンクするというものです。それはBABOKでいう要求の分類「ビジネス要求」~「ステークホルダー要求」~「ソリューション要求」に見事に対応します。さらにすべての要求を上から下までトレースする(「要求のトレーサビリティを管理する」)のと同等なことをビジネスプロセスのKPI/メジャーで実現しているのです。これが本場(本物)のBPMだったのです。日本でのBPMはソフトウェアでいう下流工程に重きが置かれているようで、実装の(プロセスをソフトウェアで自動化する)部分しか強調されていません。これでは上流工程の不備が指摘されているソフトウェア開発と同じことで、ビジネスへの貢献には程遠いものであることまで妙に納得できます。
(右の図はロジャー・バートンのプレゼンスライドの一部です。3層構造をご覧ください。画像クリックで拡大表示。)

ロジャー・バートンに接触すると、ビジネスプロセス・マニフェストの存在を教えてくれ、なんと10か国語以上の翻訳までできているといいます。内容を見ると彼のキーノートスピーチの内容に沿った、本物のビジネスプロセスの基本中の基本がマニフェストとしてまとまっています。これはまず、日本語化し、日本のビジネスアナリシスやビジネスプロセスを扱っている人々に周知させる価値が十分にあると思い、正式に日本語化の許可を得ることになった次第です。事務的手続きが終了し、正式に許可を得ましたのでこのたび日本語版を発行できることになりました。

BP_Manifesuto

ビジネスプロセス・マニフェスト日本語版のダウンロード →  こちらから または右図をクリック

尚、この日本語版は近々BPTrends.comサイトにも掲載される予定です。

それでは、先週の続きを解説しますが、原則の前に、このマニフェストで取り扱う範囲、スコープです。本来なら、先週原則を始める前に解説するべきものでした。

ビジネスプロセス・マニフェストのスコープ

スコープ内:

  • ビジネスプロセスに関連する原則と定義。
  • ビジネスプロセスのビジネスモチベーション。
  • 何がビジネスプロセスなのか、また何がそうでないのか。
  • ビジネスプロセスと他の関連する分野との関係。

スコープ外:

  • 特定のビジネスプロセス・モデリング表記法。
  • 特定のビジネスプロセス・メソドロジーおよびテクニック。
  • ビジネスプロセス・モデリングまたは実行用の特定テクニック。
  • ビジネスプロセスのマネジメントおよびガバナンス用の特定の組織的役割および責任。
  • 他の当該分野に関する原則。ただしそれらがビジネスプロセスと相互作用する場合、もしくは関連付けられる場合を除く。

【解説】
スコープ内は特に問題ないと思います。全て、このマニフェストの中で記述してあることです。

スコープ外は少しご注意ください。
マニフェストですから、具体的なモデリングの表記法、例えばBPMNやUMLは扱いません。また、特定のメソドロジーやテクニック、またモデリングそのものとその中で扱うテクニックも対象としていません。ただし重要なことは、ビジネスプロセスをモデル化するためには、メソドロジーやテクニック、表記法、すべてが必要です。
4項目の「特定の組織的役割および責任」も同様です。BPMを促進するための特定の組織はマニフェストの対象ではありませんが、ビジネスプロセスをマネジメントするためには、企業横断的に取りまとめるための組織(BPMグループとかBPMセンターオブエクセランスなど、組織の名称にはこだわりません)が必要不可欠です。

この辺りの事情はビジネスアナリシスの知識体系BABOKやプロジェクトマネジメントの知識体系PMBOKでも共通です。BABOKではビジネスアナリシスの特定のメソドロジーは扱いませんが、ビジネスアナリシスを実践するためには特定のメソドロジーやテンプレートを組織のプロセス資産として持っている必要があります。また、プロジェクトマネジメントを促進するためには特定の組織として、例えばPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の存在が不可欠です。

続いて、原則の続きです。

原則(続き)

リソースに関して:ビジネスプロセスは、様々な組織あるいは組織単位の中のリソースの組み合わせによって行われる。

  • あるビジネスプロセスは、業務の人的側面を実行できる人材によって行なわれるべきである。
  • あるビジネスプロセスは、業務の技術的側面の実行が可能なITリソースによって行なわれるべきである。
  • あるビジネスプロセスは、業務の物理的側面を支援する器材を備えた施設によって行なわれるべきである。
  • ビジネスプロセスの実行に関与するすべての人材は、業務の最適なパフォーマンスを達成するのに必要な実用知識にアクセスするべきである。
  • ビジネスプロセスの実行に要するすべてのリソースは、明確に役割と責任を定義されるべきである。

【解説】
ビジネスプロセスはいくつかのリソースで実行されます。自動化されてIT(ソフトウェア)で実行されるプロセスもあれば、人手により実行されるものもあります。また製造業ではモノづくりは工場の設備(ロボットなど)で実行されます。また、それらの組み合わせでも実行されます。
IT(ソフトウェア)で実行されるものはあまり多くありません。前述の「厳密に構造化された繰り返し業務」のみです。「緩やかな構造で様々な形態をとる」非定型業務は、現在のBPMの大きな課題です。ラスベガスのBBCカンファレンスでは新しい潮流としてケースマネジメントのセッションがいくつかありました。今後の展開が楽しみな分野の一つです。
第4項目と第5項目では、プロセスを担当する人材のナレッジと職務記述について述べています。見落とされがちな人材能力ですが、このマニフェストはそこまで明確にしています。上図のロジャー・バートンのスライドの下位層(インプリメンテーションレベル)の左側の部分です。

 

コンテキストに関して:ビジネスプロセスは定義されたビジネス・コンテキスト内に存在する。

  • ビジネスプロセスは明白に境界のある組織あるいは組織グループの中に定義されるべきである。
  • ビジネスプロセスは、外部の顧客とステイクホルダー、また組織内の他のビジネスプロセスから入力を受け取り、それらに出力を提供する。
  • ビジネスプロセスは、一つ以上のイベントが開始のトリガーをかけた時、スタートする。
  • ビジネスプロセスは意図した結果が達成された時、あるいは意図した結果の達成を打ち切る決定がされた時、終了する。

【解説】
ビジネス・コンテキストはあまり聞きなれないかもしれませんが、最初の2つの項目を意味していると理解すればよいでしょう。対象とする組織とその業務がおかれている環境で、例えばある企業におけるサプライチェーン、ある保険会社の保険業務、ある銀行の銀行業務...

そして開始条件となるイベントによりスタートし、終了条件(意図した結果)で終了します。

モチベーションに関して:ビジネスプロセスのゴールと目標は、ビジネスの戦略的ゴールと目標を支援する。

  • ビジネスプロセスは、組織のビジネスミッション、ビジョン、ゴール、パフォーマンス目標によって公式、非公式にかかわらず、ガイドされるべきである。
  • ビジネスプロセスは組織の原則および価値観によってガイドされるべきである。
  • ビジネスプロセスは、そのビジネス上の意思決定をガイドするために組織のビジネスポリシーおよびビジネスルールを使用するべきである。
  • ビジネスプロセスに関連するすべての人材のインセンティブとモチベーションを有効に活用し、そのビジネスプロセスの期待する成果を強化するべきである。
  • すべてのビジネスプロセスは、それらが運用される組織文化に支援されるべきである。

【解説】
極めて重要な原則です。

ビジネスプロセスのよりどころは、その組織のミッション、ビジョン、目標です。それらと整合しないビジネスプロセスは良い成果が生まれません。いかにビジネスプロセスを組織のビジネスミッション、ビジョンなどに整合させるかが最も重要なことです。価値観も同様です。

同じ業界で似たビジネス(例えば家電製品)を提供している組織でも、ビジョン、目標、価値観により、高性能・高価格な製品を提供する組織のビジネスプロセスと、中機能・低価格の製品を提供する組織のビジネスプロセスは同じとは限りません。顧客に提供する価値の違いによりビジネスプロセスも異なることになるでしょう。そして、前述のパフォーマンスインジケーターでビジネスのミッション、ビジョン、目標とトレースします。

ビジネスポリシーとビジネスルールも重要です。ビジネスポリシーはプロセスに指示を与えますが、直接アクションを導きません(のでルールと言わずポリシーと言います)。ビジネスルールは具体的アクションに結びつく指示です。例えば、ビジネスポリシーとして「販売価格を値引きする場合、適切な管理者の承認を必要とする。」はプロセスへの指示ですが、これだけでは誰に承認をもらえばよいかわかりません(アクションを導きません)。その下のビジネスルールで「5%未満の値引きは課長承認、5%~10%未満の値引きは部長承認、10%以上の値引きは部門長承認とする。」と決めるのです。これなら具体的アクション(承認をもらう相手)が決まります。プロセスは当然ながら、このような組織のポリシーとルールに従います(ポリシーとルールを使います)。細かい表現ですが、「ビジネスポリシーとビジネスルールを使用するべき」とあることも少し注意してください。ビジネスポリシーとビジネスルールは、ビジネスプロセスとは独立に定義しておく(定義してある)ものです。ビジネスプロセスの解説なので、これ以上深入りしませんが、ビジネスルールに関しては別の機会に解説したいと思います。

人材のインセンティブとモチベーションは、人材が実行するビジネスプロセスに大きな影響を与えます。ビジネスプロセスのパフォーマンスはそれを実行する人材次第です。プロセスを担当する人材のやる気、態度がビジネスの成功に影響します。これもロジャー・バートンのスライド(上図)の下位層の左側の部分です。