プロジェクトマネジメントの成功に不可欠な要求の引き出し能力
相変わらず、赤字プロジェクトが続いています。某大手システムインテグレータが不採算案件のため大幅な減益を余儀なくされました。新たな開発方法論を採用したものの、隠れていた問題が最後のテスト段階で噴出し、上流工程への大きな手戻りが発生してしまった、というものです。超上流工程の不備が大きな原因のようです。
このシステムインテグレーターの決算報告で発表されている資料を見てみましょう。
不採算案件は6件あります。問題が発覚された工程はすべてテスト工程です。
パブリック&ファイナンシャル(2件の不採算案件)では現行機能調査不足等、品質面の問題が発覚。エンタープライズITサービス(4件の不採算案件)では、外部仕様の詳細化の不足等、品質面の問題が発覚となっています。それらの要因は、開発要素、技術的な課題・制約の見極めが不十分な開発計画・原価計画で開始。そして、過大な生産性を見込むとともに、業務有識者が不十分な体制・原価計画で開始、となっています。
問題発覚がテスト工程とありますが、「ソリューション検証」のことか「ソリューション妥当正確認(受け入れ検査)」なのか、よくわかりませんが、現行機能調査不足とあるのは「ステークホルダー要求」を意味しているようです。残りの外部仕様の詳細化の不足とあるのは「ソリューション要求」に近いものです。
すなわち、これらのプロジェクトの不採算化の要因は「ステークホルダー要求」や「ソリューション要求」を正しく把握することができなかった、といえます。BABOKの観点で考えてみると、それらの本当の原因は要求の「引き出し」能力(スキル)が不足していることになります。
では、このシステムインテグレーターの不採算案件の抑止の取り組み(対策)を見てみましょう。
対策案としてすでに実施しているものとして、社長直轄の「プロジェクト審査委員会」を設置し、重要案件のプロジェクト遂行計画の妥当性を判断する。そして妥当でないものは受注できなくする、というものです。はたしてこれは真の問題の解決策になっているのでしょうか。
「引き出し」能力またはスキルに大きな見落としがあるのではないでしょうか。
左図でわかるように、ソリューション検証でチェックするのはソリューション要求です。また、ソリューションの妥当性確認(受け入れ検査)でチェックするのはステークホルダー要求です。
パブリック&ファイナンシャル(2件の不採算案件)では現行機能調査不足の問題点が発覚したのですから、それはステークホルダー要求が把握されなかったことを意味します。明らかに要求の引き出し能力に問題があります。特に新規業務における引き出し能力が不足しています。プロジェクト遂行能力以前の問題です。
エンタープライズITサービス(4件の不採算案件)では、外部仕様の詳細化が不足していたようですからソリューション要求の問題です。こちらも要求の引き出し能力の不足といえます。特に新規業務においての引き出し能力はやさしくはないですけれど、ビジネスアナリシスにとっては腕の見せ所の一つです。
6件の不採算案件すべてが、要求の引き出し能力が問題の根本原因ではないでしょうか。真の要求が把握されなかったと解釈できます。
では、真の要求の引き出し能力の不備を社長直轄のプロジェクト審査委員会で解決することはできるでしょうか。プロジェクト審査でできることは、問題を見つけることだけです。そして問題のあるプロジェクトを受注しないようにするのですから、赤字プロジェクトは減るでしょう。しかし受注できないのですから、その分収入そのものも減少してしまいます。これが本当の解決策でしょうか。明らかに違いますね。真の解決策は、引き出し能力を高めて、真のステークホルダー要求、真のソリューション要求を完璧なものにすることではないでしょうか。
モノづくりでいえば、不良品を出さないために、製造後の検査を厳重にして不良品を廃棄すればよいのではありません。そうすると検査コストや廃棄した部品コストが増えて利益を圧迫してしまいます。検査を厳重にするのではなく、設計の品質を高め(超上流工程)、製造工程を管理し不良品を作りこまないようなプロセスを確立することです。品質を高めながら、利益率も向上する。かつての日本製造業のお家芸です。
ITプロジェクトでも同じことです。超上流工程の品質を高めれば、現行機能調査や外部仕様不足は防げます。そうすれば、プロジェクト審査も問題なくパスし、赤字にならずに収入も増加します。それはプロジェクトマネジメント能力ではなく、ビジネスアナリシス能力を付けることにほかありません。不採算プロジェクトを解決するためにはプロジェクトマネジメントにビジネスアナリシス能力を追加することです。いま、システムインテグレーターにこそビジネスアナリシスが強く求められているのです。