PMI 【実務者のためのビジネスアナリシス:実務ガイド】解説 (1)(序章)

PMI 【実務者のためのビジネスアナリシス:実務ガイド】

PMI_BA実務ガイド表紙_2016年11月20日

PMI日本支部が【実務者のためのビジネスアナリシス:実務ガイド】を日本語化し、出版しました。

筆者は日本語版の翻訳チームの一員でしたので、連載で解説をしたいと思います。特に、BABOKとの関係について解説する予定です。

 

 

 

 

【序論】

この「ビジネスアナリシス:実務ガイド」を解説するのに、すでに読者におなじみのBABOKと比較してみます。まずこのガイドそのものの目的をBABOKガイドの目的と比較してみます。

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

ビジネスアナリシスという専門的職業性を定義すること。

ビジネスアナリシスの作業を説明し、プログラムやプロジェクトで効果的にビジネスアナリシスを実施するために必要な基礎となる知識とスキル、および実行するタスクを特定する。

ビジネスアナリシスという職業的専門性を定義することと、広く受け入れられているやり方を提供すること。

 IIBAのBABOKガイドは専門職(Profession)を定義することに主眼が置かれていますが、PMIの実務ガイドは「ビジネスアナリシスに必要な知識、スキル、およびタスクを特定する」とのことです。

続いてビジネスアナリシスの定義ですが、かなり違うことに気が付きます。

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

組織の目的の達成に役立つソリューションを推進するために、ステークホルダー間の橋渡しとなるタスクとテクニックをまとめて、ビジネスアナリシスと呼ぶ。

ビジネス・ニーズを特定して、関連するソリューションを推奨し、要求事項を引出し、文書化し、マネジメントする一連の活動。

ニーズを定義し、ステークホルダーに価値を提供するソリューションを推奨することにより、エンタープライズにチェンジを引き起こすことを可能にする専門活動

 BABOKガイドのV2では「ステークホルダーの橋渡しとなるタスクとテクニック」だったのですが、今回発行されたPMIの実務ガイドでは「...要求事項を引出し、文書化し、...マネジメントする一連の活動」ですが、いわばBABOK V2の「ステークホルダー間の橋渡しとなるタスク」を具体的に表現したものと言えます。すなわち、PMIの実務ガイドのビジネスアナリシスの定義はBABOKのV2をもとにしているようです。

ところがBABOK v3の「ニーズを定義し、....チェンジを引き起こすことを可能にする専門活動(Practice)」は「要求」ではなく「ニーズ」ですし、今までになかった「チェンジ」や「価値」が出てきました。BABOK v3ではビジネスアナリシスの定義そのものが大幅に変わりました。BABOK v3の新しい定義については今回は深入りしませんが、別のところで解説しています。こちらを参照ください。

【タスクの特徴】と【タスクの構成】を比較してみます。

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

タスクとは、アウトプットとして何らかの結果を達成し、スポンサー組織に対して価値を創出するものである。タスクを実行するということは、有益で、具体的で、目で確認でき、測定可能な成果を実際に生み出さなければならない

記述なし。

タスクは明確には定義されていません(筆者)。

タスクとは、ビジネスアナリシスの一環として公式または非公式に実行される、ビジネスアナリシスを構成する個々の業務である。

1. 目的

2. 概要

3. インプット

4. 要素

5. テクニック

6. ステークホルダー

7. アウトプット

知識体系ではないためか、タスクの構成は記述されていません(筆者)。

1. 目的

2. 概要

3. インプット

4. 要素

5. ガイドラインとツール

6. テクニック

7. ステークホルダー

8. アウトプット

ここは本格的な「知識体系」と「実務ガイド」の違いでしょうか。タスクを特定するはずだったのですが、タスクへのインプットやアウトプットは何も記述されていません。しかし、「実務ガイド」の強みはあるはずです。それは次のプロジェクト・マネジャーや他の役割の人との関連がよく記述されていることです。

【プロジェクト・マネジャー、ビジネスアナリスト、その他の役割との関係】

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

そのタスクの実行に関与したり、そのタスクによって影響を受けたりする可能性の高い、一般的なステークホルダーをリストアップする。 本実務ガイドの目的は、協働ポイントを通じてこれらの役割を明確にすることである。協働ポイントを強調するように別立てにしたのは、プロジェクト・マネジャーとビジネスアナリストがどの領域で協働すればプロジェクトの成功につながるかを明確にするためである。 そのタスクの実行に関与する可能性の高いステークホルダーや、そのタスクから影響を受けるステークホルダーの一般的なリストを挙げる。

これがこの「実務ガイド」の最大の価値です。

「本実務ガイドは、業界にビジネスアナリシスで行う作業について深い理解をもたらすことにより、また、ビジネスアナリシスがプロジェクト全体の作業にいかに不可欠かを説明することにより、プロジェクト・マネジャーとビジネスアナリストの役割間における協働を改善することを目指している」。PMIではプロジェクト・マネジャーとビジネスアナリストとの良好な関係を築くことがプロジェクトを成功に導く重要な要素であるという認識です。筆者も全く同感です。ただし、日本ではまだプロジェクトにビジネスアナリシスが不可欠であるという認識が少ないのが現状です。こちらの方が大きな問題です。

北米ではプロジェクト内にビジネスアナリストが存在することが常識になっています。最近のPMBOK(第4版以降)では、プロジェクトにビジネスアナリストがいることが前提で知識体系が構築されていますが、日本ではそのことを知らないプロジェクト・マネジャーが殆どのようです。また、PMBOKを教える立場の人ですら理解している人は多くありません。例えば、PMBOKの「要求事項収集」というプロセスは第4版から追加されたプロセスですが、収集するべき「ビジネス要求事項」「ステークホルダー要求事項」「ソリューション要求事項」などはビジネスアナリストが作成することが前提です。ただ、常識なので、そのことが何も記述されていません。日本では、ここをまず改善する必要があります。それからビジネスアナリストとプロジェクト・マネジャーとの関係構築となります。

 

ガイドの構成(章立て)を比較してみます。

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

1章:序論2章:計画とモニタリング3章:引き出し4章:要求マネジメントとコミュニケーション5章:エンタープライズ

アナリシス

6章:要求アナリシス

7章:ソリューションの

アセスメントと

妥当性確認

8章:基礎コンピテンシー

9章:テクニック

(日本語版:全269ページ)

 

 

1.序章2.ニーズ評価3.ビジネスアナリシス計画4.要求事項の引き出しと分析

5.トレーサビリティと

モニタリング

6.ソリューション評価

(日本語版:全206ページ)

 

1章:序論2章:ビジネスアナリシスの主要コンセプト3章:計画とモニタリング4章:引き出しとコラボレーション

5章:要求のライフサイクル

マネジメント

6章:戦略アナリシス

7章:要求アナリシスと

デザイン定義

8章:ソリューション評価

9章:基礎コンピテンシー

10章:テクニック

11章:専門視点

(日本語版:全472ページ)

 

「実務ガイド」は本格的な「知識体系」ではありませんので、比較的コンパクトです。その分軽くて持ち運びも可能ですね。

最後にビジネスアナリシスの対象範囲の比較です。これはビジネスアナリシスの定義の違いに由来しています。

BABOK V2

実務ガイド

BABOK v3

ITプロジェクトがメイン。一部アジャイル開発を含むが完全ではない。 ITプロジェクトがメイン。PMIなので、プロジェクトの成功に焦点を当てている(筆者) 変革(チェンジ)によるビジネス価値の実現に焦点を当てている。エンタープライズ全体、プログラム、プロジェクト、継続的改善も対象。IT以外に、アジャイル開発、BPM、ビジネスインテリジェンス、ビジネスアーキテクチャまで領域が拡大されている。

これも対象範囲が狭いので、実務ガイドの内容はかなり具体的な記述や事例が多く、読んでもわかりやすくなっています。一方BABOK、特にv3はプロジェクトのみならずエンタープライズ全体までを対象にし、IT(アジャイルを含む)からBPM、ビジネスインテリジェンス(ビッグデータ関連)、ビジネス・アーキテクチャまで領域が拡大されましたので、書籍のページ数も472ページにもなり、記述も若干抽象的なものになっています。

読み手、特に初めてビジネスアナリシスを知ろうという人にとってはPMIの「ビジネスアナリシス:実務ガイド」が最もわかりやすいと思います。

次回は、「ニーズ評価」を解説したいと思います。