本来「3. ビジネスアナリシス計画」の順番ですが、計画タスクは実行系のタスクを知らないと理解しずらい構造です。実行系の知識エリアの解説の後でこのドメイン(および知識エリア)を扱います。そのため、次のドメイン「4. 要求事項の引き出しと分析」を解説します。
第3回:【要求事項の引き出しと分析】(前半)
このドメインはBABOKでいう「引き出し」と「要求アナリシス」の2つの知識エリアを合わせた位置付けになります。前半(主に「引き出し」に該当する部分)と後半(主に「要求アナリシス」に該当する部分)に分けて解説します。
BABOK V2: 知識エリア「引き出し」
タスクそのものは次の4つですから単純です。
- 3.1 引き出しを準備する
- 3.2 引き出しアクティビティを主導する
- 3.3 引き出しの結果を文書化する
- 3.4 引き出しの結果を確認する
むしろ引き出しの豊富なテクニックの方が重要です。
- ブレーンストーミング(9.3節)
- 文書分析(9.9節)
- フォーカスグループ(9.11節)
- インターフェース分析(9.13節)
- インタビュー(9.14節)
- 観察(9.18節)
- プロトタイピング(9.22節)
- 要求ワークショップ(9.23節)
- 調査とアンケート(9.31節)
各テクニックの後ろの節番号は 共通テクニックとして第9章にまとめてある節の番号です。上記のようなテクニックは複数のタスクで活用されるので、独立した第9章で解説しています。
PMI 実務ガイド: 要求事項の引き出しと分析(前半)
続いて実務ガイドです。タスクらしいものは次の5つです。
- 4.3 引き出しを計画する
- 4.4 引き出しを準備する
- 4.5 引き出し活動を実施する
- 4.6 引き出し活動のアウトプットを文書化する
- 4.7 引き出しを完了する
最後に「4.8 引き出しの課題や難題」という節があります。
全体的にはBABOK V2のタスクと類似していますが、最大の違いはテクニック(引き出し技法)の解説が全て「引き出し活動を実施する」タスクの中に含まれていることです。読み手に取ってみると大変親切に思えます。BABOKでは一々第9章を参照しなければいけないので手間がかかります。一方いくつかのテクニック(例えばブレーンストーミング)は引き出しだけで行うのではなく、様々な場面(別のタスク)でも使います。一長一短というところでしょうか。
テクニックそのものを見ると、
- ブレーンストーミング
- 文書分析
- ファシリテーション型ワークショップ
- フォーカス・グループ
- インタビュー
- 観察
- プロトタイピング
- アンケートと調査
BABOKとほとんど同じです。「インターフェース分析」がないだけです。タスクも似ていますが、最後の「引き出しを完了する」は実務ガイドに特有です。確かにいつ引き出しを完了するかは重要なことがあります。
「4.5引き出し活動を実施する」タスクはテクニック(引き出し技法)の解説を含めて13ページもあり、至れり尽くせりの感じで解説されています。初めてビジネスアナリシスを学習する人にとってはありがたいと思えるでしょう。一方別のタスク、例えば「4.6 引出し活動のアウトプットを文書化する」タスクは1ページもなく僅か6行のみです。タスクの間でバランスが取れていない感じがします。
[協働ポイント]:ファシリテーション型ワークショップ
- ひとつのファシリテーション型ワークショップに多数のビジネスアナリストが出席するのが常に有効とは限らない。これはプロジェクト・マネジャーとビジネスアナリストが協力する機会である。プロジェクト・マネジャーが書記のような何らかの役割を果たすことにより、この取組みを支援することもできる。そのことで、ビジネスアナリストは課題や情報の引き出しに集中できる。
大変すばらしいプロジェクトマネジャーとビジネスアナリストとの協働ポイントだと思います。日本でこれができるプロジェクトマネジャーがどのくらいいるのでしょうか。日本のプロジェクトマネジャー全員がこの実務ガイドを読まれることを強く薦めます。
BABOK v3: 知識エリア「引き出しとコラボレーション」
知識エリアのタイトルが「引き出しとコラボレーション」なので、「引き出し」に関するタスクとステークホルダーとのコラボレーション(協働)に関するタスクが混ざっています。
- 4.1 引き出しを準備する
- 4.2 引き出しを実行する
- 4.3 引き出しの結果を確認する
- 4.4 ビジネス情報を伝達する
- 4.5 ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする
最初の3つが「引き出し」で、後半の2つが「コラボレーション」に該当します。
新しいBABOK v3では次のことを強調しています。
「引き出しとコラボレーションの作業は決してビジネスアナリシスの「フェーズ」では
ない。それは、ビジネスアナリシスの作業が発生している限り継続される」
さらに、
「引き出しとコラボレーションは、計画的に行われるもの、計画されずに行われるもの、
あるいは、その両方がある。」
全く新しい考え方が導入されました。V2まではビジネスアナリシスのすべての活動は計画に基づくものでしたが、このv3では「計画されない引き出し活動」が公式なものになったのです。
そして、引き出しを次の3種類に分類しています。
- 協働型:ステークホルダーとの直接のやり取りを伴う。
(例:インタビュー、ワークショップ、ブレーンストーミングなど:筆者) - 調査型:チェンジに関与するステークホルダーが直接には認知していない資料または情報源から、情報を体系的に発見し、調査する。
(例:データマイニング:筆者) - 実験型:何らかの管理された試験がなければ知ることのできなかった情報を特定する。
実験はこの種の情報を発見するのに役立つ。実験には、観察研究、概念実証、およびプロトタイプが含まれる。
(例:プロトタイピング、コラボレーションゲームなど:筆者)
そして、テクニックも以下のように大幅に増加しました。なんと18種類!!
- インターフェイス分析
- インタビュー
- 観察
- 協働ゲーム
- コンセプト・モデリング
- 調査やアンケート
- データ・マイニング
- データ・モデリング
- ビジネス・ルール分析
- フォーカス・グループ
- ブレーンストーミング
- プロセス分析
- プロセス・モデリング
- プロトタイピング
- 文書分析
- ベンチマークと市場分析
- マインド・マッピング
- ワークショップ
テクニックの種類が増えた理由は上記2つのこと、すなわち:
- 引き出しはフェーズではなく、ビジネスアナリシスのすべてのアクティビティとともに行われること、そして
- 引き出しとコラボレーションは計画的に行われるものだけではないことです。
そのため、活用できるテクニックも倍増されたことになります。
特に「協働ゲーム」は共感、プロトタイピングを組み合わせたテクニックで、最近話題のデザイン思考がもとになっています。デザイン思考でニーズを発見しながらプロトタイピングでモノを作り始め、テストしながらだんだん製品化していく。それをビジネスモデル・キャンバスでビジネスモデルを作成する。これが新しいビジネスのやり方です。BABOK v3は最近の手法を大幅に取り入れていることが分かります。
価値の高いビジネスを実践するためには、プロジェクト開始以前がいかに重要であるかが分かります。すなわち、本当に意味のあるニーズ(要求ではありません)を発見することがより重要である、という立場です。
従来(BABOK V2)はプロジェクトの中で要求を引き出す(elicit)ことに注力していました(PMIの実務ガイドも同じ立場です)が、新しいBABOK v3では、要求ではなくニーズ(顧客が気が付いていない)を発見(discover)することにまで注力するようになりました。それは最終的に価値の大きなビジネスを実現するためには、顧客がまだ気が付いていない真のニーズを発見することが不可欠であるということです。ですから計画されない「引き出し」活動まで言及するようになったのです。
こうして2つの知識体系と実務ガイドを比較してみると、その違いがよく分かります。BABOK V2とPMI実務ガイドは主にプロジェクトの中のビジネスアナリシス活動を対象にしています。ところが最新のBABOK v3はプロジェクトが発生する前のビジネスアナリシス活動にも大きく注力しています。
以上で【要求事項の引き出しと分析】の前半を終了します。
次回は後半を解説します。