第3回 戦略アナリシスとエンタープライズ・アーキテクチャ
今回は、ビジネスアナリシスでデジタルトランスフォーメーションに役に立つ部分を解説します。まず、コア・コンセプト・モデルです。
コア・コンセプト・モデル
ビジネスアナリシスの理解を深めるためには次の6つの主要なコンセプトをしっかり理解する必要があります。
- チェンジ
- ニーズ
- ソリューション
- 価値
- ステークホルダー
- コンテキスト
各々の意味は次の図のように定義されています。
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このコア・コンセプトのそれぞれが、ビジネスアナリシスを実践する際の基本となる考えであり、どのコンセプトも同等に必須のものです。あるコンセプトが、他のコンセプトより重要になることも、他より大きな意味合いを持つこともないのですが、デジタルトランスフォーメーションの視点で見るとチェンジが密接な関係がありそうです。
- チェンジ:ニーズに対応して変える行為。エンタープライズのパフォーマンスを改善するためのもの。
実は原文は The act of transformation in response to a need.(ニーズに対応するトランスフォーメーションの行為)です。
ですから、まさにデジタル・トランスフォーメーションそのものに近いことを言っています。日本語版を作成する際(2015年当時)に、チェンジはトランスフォーメーション(変革、改革)ばかりではなく、細かな改善活動まで含むのだからという理由で「変える行為」と言葉を和らげてしまったことを今となっては悔やんでいるところです。
ですから、このビジネスアナリシスはチェンジ(トランスフォーメーションを含む)に重きを置いた知識体系ということが言えます。それだけDXと相性がよいのではないでしょうか。これらの6つのコンセプトをモデル化して図解した次の図のことをビジネスアナリシス・コア・コンセプト・モデル(BACCM)と言います。読者の皆様にはすでにおなじみになっているのではないでしょうか。
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つづいて、知識エリアの全体像をご覧ください。
知識エリア
BABOKを例に説明しますが、次の6つの知識エリアがあります。
- ビジネスアナリシスの計画とモニタリング
- 引き出しとコラボレーション
- 要求のライフサイクルマネジメント
- 戦略アナリシス
- 要求アナリシスとデザイン定義
- ソリューション評価
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ここでデジタルトランスフォーメーションと最も密接な関係がある知識エリア「戦略アナリシス」の詳細を見てみます。
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次の4つのタスクがあります。
- 現状を分析する
- 将来状態を定義する
- リスクをアセスメントする
- ェンジ戦略を策定する
この4つのタスクをみて、「なんだ昔のやり方と変わらないじゃないか、ビジネスアナリシスはウォーターフォール型だな」と思いがちですが、それは大きな誤りです。
戦略アナリシスは継続的なアクティビティーで、ニーズやコンテキストに変化があればその時点で再評価しなくてはいけません。(特に最近の変化の激しいコロナ禍の状況を見れば明らかです)。
さらに、あるチェンジの成果を予測することが難しい場合、(コロナ禍の場合を想像してみてください)戦略ではリスクを軽減したり、前提条件をテストしたり、コースを変更したりすることに、より意識を向ける必要があります。これはビジネス・ゴールへ到達できる戦略が特定されるか、イニシアチブが終了するまで続きます。ですからこれらの4つのタスクは同時に実行されることが多いのですが、戦略が何を実際に達成できるかによって作られている限り、どのような順序で実行しても構いません。
簡単に言うと、昔のように外部環境の変化が少なく、将来状態を固定することが可能である場合にはウォーターフォール型として実行してもよく、最近のVUCA(Volatile、Uncertain、Complex、Anbigous)な環境(コロナ禍がまさにそれ)では4つのタスクを同時並行で実行しながら、リスクを考慮しながら固定することができない将来状態に向かって進んでいく必要がある、ということです。
ですから、As_IsやTo_beという表現は一切ありません。As_IsやTo_Beは現在と将来を固定してしまいがちです(ウォーターフォール型の場合はそれでよかったのですが)。現状はあくまで「Current State」です。Current(現在)は常に流動している状態を言います。ですから、「現状を分析する」タスクの中の解説では、
「チェンジの開発および実装が行われている間、エンタープライズの現状が変わらずにいることはほとんどない。組織上の変化もそうだが、内部要因・外部要因が現状に影響を及ぼし、望ましい将来状態、チェンジ戦略、あるいは要求とデザインに変更を強いることがありうる。」と、はっきり明言しています。
まさに今のコロナ禍の状況そのものを指摘しているようです。半年前、いや2か月前に再度の緊急事態宣言が発令されると思っていた人がどれくらいいたでしょうか。このビジネスアナリシスはまるで今のコロナ禍の状況まで予測していたかのようです。
少し話が脱線したかもしれません。本論を続けます。
4つ同時に実行といっても、解説は順番を追うしかありませんのでご容赦ください。
最初の「現状を分析する」タスクで重要なのは、いわゆるビジネス環境分析です。内部環境と外部環境がありますが、内部環境としては、
- 内部資産(What)
- 組織構造と組織文化(Who/Where)
- 能力とプロセス(How/When)
- ポリシー(Why)
- ビジネス・アーキテクチャ(共通)
- テクノロジーとインフラ(共通)
を分析します。外部環境は、下記を分析します。
- 業界構造
- 競合他社
- 顧客
- サプライヤー
- 政治・規制環境
- テクノロジー
- マクロ経済
まとめて、下記のような表を作成すると便利です。
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この表はエンタープライズの構造(アーキテクチャ)をあらわしていることになりますので、エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)と名付けることができます。(正確に言うとEAの代表格のZachman Frameworkを簡略化したものです)。
上の表の現状と将来像を作成して比較していくとチェンジ(DX)戦略が見えてきます。
そうです、ここで現状と将来像を同時に考えることがポイントです。この将来像は暫定的なもので、現状と将来、それにリスクを考慮しながら行ったり来たりしながら作り上げていくイメージです。それがVUCAの時代(コロナ禍がその代表例)の戦略の策定方法の特徴です。
尚、知識エリア「戦略アナリシス」に関しては下記URLのWebページに詳細が解説されていますので参照ください。
http://kbmanagement.biz/?page_id=4562
このあと(来週以降)、これらのツールを使用して、デジタルトランスフォーメーションを考えていきます。
使用するツールは以下のとおりです。
- 顧客経験モデル:カスタマージャーニーマップ(必要に応じてペルソナ)
- ビジネスモデル・キャンバス(必要に応じてバリュープロポジション・キャンバス、リーンキャンバス)
- エンタープライズ・アーキテクチャモデル
各々のモデルの現状と将来状態を作り上げていくことになります。
今週はエンタープライズ・アーキテクチャの解説までとします。
次回はもう一つのツール、ビジネスモデル・キャンバスを解説していきます。
お楽しみにお待ちくださ。