引き出しとコラボレーション
まず、この知識エリアで驚くことは、引き出しとコラボレーションは、計画的に行われるもの、もあれば計画されずに行われるものもあると明言していることです。従来のビジネスアナリシス(いまでも多くの人が思い込んでいること)では、引き出しはしっかり計画に基づいて行うといういわば神話のようなものでした。それをまず、出だしから否定しているのです。それはなぜでしょうか。前回のビジネスアナリシスのコア・コンセプトを思い出してください。コア・コンセプトは「ニーズ」であり「要求」ではありませんでしたね。そうです「要求」ならステークホルダーが明確に認識しているものですから計画通りに引き出すことが可能です。しかし、「ニーズ」はどうでしょう。本人も知らない、気付いていないもの迄含みますから、いくら計画しても自分の気づいていない「ニーズ」を説明するわけにはいきません。ですから計画されずに行われる「引き出し」を公に認めるようになったのではないでしょうか。ですから、計画されずに行うアクティビティーは、予告なしに起きるもので、即興の、あるいは「ジャスト・イン・タイム(必要なとき必要なだけ)」での会話や共同作業などが、それにあたるわけです。
もうひとつ重要なことは、引き出しは単独のアクティビティーではありません。ニーズや要求(まとめて情報と言います)は、ステークホルダーとのやり取りを含むあらゆるタスクを実行する過程で、またビジネスアナリストが(独自の分析作業を実施する過程で引き出されるということになります。それが「知識エリア」の関係の図の意味するところです。
真ん中の3つの知識エリア「戦略アナリシス」「要求アナリシスとデザイン定義」「ソリューション評価」に対して左横に双方向の矢印でつながっていることの意味になります。ですから、真ん中の3つの知識エリアをアクティビティの立場で表現すると「戦略アナリシス+引き出しとコラボ」「要求アナリシスとデザイン定義+引き出しとコラボ」「ソリューション評価+引き出しとコラボ」という意味合いになるのです。
話を本論に戻しましょう。
この知識エリアには次の5つのタスクがあります。
- 引き出しを準備する
- 引き出しを実行する
- 引き出しの結果を確認する
- BA情報を伝達する
- ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする
最初の3つのタスクはスムーズにつながっています。準備し、実行し、結果の確認です。個々のタスクより大切なのはタスクを実行する際に使用するテクニックです。以下の3つが引き出しのテクニックの種類です。
- 協働型
- 調査型
- 実験型
協働型:
インタビュー、ワークショップなど直接ステークホルダーとのやり取りを行います。 そのためステークホルダーの経験、能力に左右されます。
調査型:
ステークホルダーが直接には認知していない資料または情報源から、情報を体系的に発見し、調査します。過去データを分析し動向や過去の結果を特定することもあります。いったいこれは何でしょうか。実はデータマイニングです。そうです、データマイニングが引き出しのテクニックになったのです。それはどうしてでしょうか。やはり「ニーズ」を発見するためにはここまでやる必要があるわけですね。
実験型:
実験は、人や文書からでは得ることができないある種の情報(まだ知られていない情報)を発見するのに役立ちます。観察研究、概念実証、およびプロトタイプなどです。
引き出しを準備する
このタスクの目的は
引き出しアクティビティーのスコープを理解し、適切なテクニックを選択し、適切な補足資料およびリソースを計画(あるいは調達)することです。
学習目標は次の5つあります。
- 引き出し作業のスコープを理解している
- 適切な引き出しテクニックの選択方法を理解している。
- 引き出し活動のロジスティクスをルールに従い設定することができる。
- 引き出し材料の支援を準備する方法を理解している。
- 引き出し活動を円滑に進めるためのステークホルダーの準備について理解している。
1.引き出し作業のスコープを理解している。
- 対象とするビジネス領域、その企業の文化と環境全般、ステークホルダーの所在地や力関係等を理解している必要があります。
2.適切な引き出しテクニックの選択方法を理解している。
- 協働型、調査型、実験型のどのテクニックを使うのかその選択方法です。
- しかし、その前に引き出しのテクニックを理解しておく必要があります。ですからここの学習目標はかなり高いと言えます。
- 単にインタビューやワークショップを知っているだけではすみません。テクニックの数も多いです。
- ここは次の「引き出しを実行する」タスクの理解が不可欠です。
3.引き出し活動のロジスティクスをルールに従い設定することができる。
- 引き出しを行う場所(会議室など)、設備(プロジェクター、スクリーン、Zoomなど)
- これは簡単な作業なので、学習目標は「理解」ではなく「ルールに従い~できる」になります。
4.引き出し材料の支援を準備する方法を理解している。
- 具体的な補足資料はどのようなものでしょうか。
5.引き出し活動を円滑に進めるためのステークホルダーの準備について理解している。
- ステークホルダーに事前にどのような準備をしておいてもらったらよいのでしょうか。
5つタスクのうち、4つの学習目標は「~を理解している」ですね。「学習の手引き」(1)を再度復習してみてください。
http://kbmanagement.biz/?p=5498
「基礎知識がある」ではありませんので、単に暗記していればよいわけではありません。他人に説明できるくらいにしっかり理解している必要があります。
引き出しを実行する
このタスクの目的はチェンジに関連する情報を、引き出し、探査し、特定することです。
学習目標は次の2つだけです。
- 引き出しアクティビティーの導き方を理解している。
- ルールに従い引き出し活動の成果を収集することができる
最初の学習目標は一見簡単そうに見えますが、テクニックのことを考慮するとかなり難解なことが分かります。協働型、調査型、実験型という種類の話をしましたが、具体的な引き出しのテクニックを考慮すると気が遠くなりそうです。次が引き出しのテクニックの一覧(五十音順)です。なんと18種類もあります。BABOKガイドを読んで理解するしかなさそうです。
- インターフェイス分析
- インタビュー
- 観察
- 協働ゲーム
- コンセプト・モデリング
- 調査やアンケート
- データ・マイニング
- データ・モデリング
- ビジネス・ルール分析
- フォーカス・グループ
- ブレーンストーミング
- プロセス分析
- プロセス・モデリング
- プロトタイピング
- 文書分析
- ベンチマークと市場分析
- マインド・マッピング
- ワークショップ
引き出しの結果を確認する
このタスクの目的は、引き出しのセッションで集めた情報が正確であり、他の情報と整合していることをチェックすることです。
学習目標は2つあります。
- 引き出しの結果と情報源を比較する方法を理解している。
- 引き出しの結果をその他の引き出しの結果と比較することを理解している
1.引き出しの結果と情報源を比較する方法を理解している。
- 引き出しの結果を導き出した情報源、たとえば、文書やステークホルダーの知識などを記述します。
2.引き出しの結果と情報源を比較する方法を理解している。
- 情報が一貫性を持ち正確に表現されていることを確認するために、複数の引き出しアクティビティーを通して集めた結果を比較する。
BA情報を伝達する
このタスクの目的は、ステークホルダーがビジネスアナリシス情報の共通の理解を確実に持てるようにすることです。
学習目標は
- コミュニケーションの目的と形式を決定する方法を理解している。
- ステークホルダーが情報を理解できるように、適切な詳細度で伝えることを理解している。
1.コミュニケーションの目的と形式を決定する方法を理解している。
共通の理解の意味が重要です。具体的には次のようなドキュメントを要求パッケージ(BA情報パッケージ)として作成します。
- BRD(ビジネス要求文書)
- RFP(提案要求書)
- 要求仕様書、要件定義書など、
- プロダクトロードマップ
ウォーターフォールでは正式なテンプレートが準備されていることが多いですよね。それらを使ってBA情報(要求など)をパッケージ化します。
2.ステークホルダーが情報を理解できるように、適切な詳細度で伝えることを理解している。
次いで、出来上がったパッケージを必要なステークホルダーに渡すことです。渡すためには適切な詳細度で伝える必要があります。伝え方にもいろいろあります。
お気づきかもしれませんが、このタスク、前の3つのタスク「引き出しを準備する」「引き出しを実行する」「引き出しの結果を確認する」とは実施するタイミングがかなり異なります。パッケージするためにはBA情報としてかなりまとまっていないとできませんね。「引き出しの結果」を要求アナリシスで分析して、RFPとしてまとめるには相当時間が掛かります。少なくともステークホルダー要求がまとまっている必要があります。別の見方をすると「知識エリア」はビジネスアナリシスの「フェーズ」ではないということです。
ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする
このタスクの目的は、共通のゴールに向けて一緒に仕事をするように、ステークホルダーに奨励することです。実は新しいビジネスアナリシスを代表する極めてユニークなタスクです。タスクの定義が変わりました。
- 「タスクとは、ビジネスアナリシスの一環として公式または非公式に実行される、ビジネスアナリシスを構成する個々の業務である。」
ここで言う「非公式に実行される...」の代表的なタスクです。やはり「ニーズ」まで扱うためにタスクの定義まで変更したものと思われます。極めて人間的な作業を意味します。
学習目標は次の3つです。
- 必要なステークホルダーのコミットメントに同意を得ることを理解している。
- ステークホルダーとのエンゲージメントをモニタリングすることを理解している。
- 主要なステークホルダーと協働関係を示すことを理解している。
タスクのアウトプットが素晴らしいです。
- ステークホルダー・エンゲージメント:「ビジネスアナリシス活動に進んで取り組もうとする自発的意思」
これができていなければビジネスアナリシスうまくいきません。ある意味最も重要なタスクと言えるでしょう。ECBAの立場では、経験していなくてもよいのですがこのようなタスクがビジネスアナリシスの根幹にあることをしっかり理解しておく必要があると言えます。
最初の3つのタスクはわかりやすかったのですが後半の2つはかなりユニークなタスクだったかもしれませんね。
次回は「要求のライフサイクルマネジメント」です。